鎌倉から、ものがたり。

江ノ電長谷駅そば、北欧の「自然」 Cafe Luonto(カフェルオント)

  • 文 清野由美 写真 猪俣博史
  • 2017年9月1日

 鎌倉から江ノ電に乗ると、長谷に着く少し手前で、気になる建物が目に飛び込んでくる。白壁にブルーの北欧的な雰囲気。線路に向いた壁に大きな窓が開いていて、いかにも居心地がよさそう。そこが、「Cafe Luonto(カフェルオント)」だ。

 小川に沿った小路を通り、お店へ。店内からは、大窓を額縁にして、江ノ電が走る景色を間近で味わえる。12分おきにやってくる、ガッタンゴットンという音は、鎌倉ならではのBGM。ガラス製のポットで出してくれるコーヒー、紅茶が、ゆっくりと過ごすひと時にふさわしい。

 そのコーヒー、紅茶が、予想を超えた味わいであることに驚く。コーヒーは、「世界最高水準」と評判のフグレンコーヒーの東京店、「FUGLEN TOKYO(フグレントウキョウ)」から、紅茶はNYブルックリン発の創意あふれるオーガニックブレンドティー、「BELLOCQ(ベロック)」のものを仕入れている。

 と聞くと、こだわりの店主像が頭に浮かぶのだが、オーナーの渡辺圭二さん(58)は、「以前に店をやったこともないし、素人もいいところ。むしろ、カフェでお茶をする方が好き、というぐらいで」と、力が抜けている。

 渡辺さんは、翻訳会社の経営者という顔を持つ。以前、茅ヶ崎にオフィスを持っていたときは、行き詰まると海を眺め、カフェで一息、という日々を続けていた。そのころ、週一でランチに通っていたカフェで、きびきびと働いていたのが、現在、ルオントの店長を務める秋元弘子さんだ。パティシエ修業をした秋元さんは、お菓子作りの腕も確かながら、接客が優秀で、渡辺さんはその力量に、ひそかに感服していた。ある日、秋元さんから「自分でカフェをしたい」という話を聞いて、「だったら」と、資金協力を自然に申し出た。

「僕も自分のカフェがほしかったから」(笑)

 まずは物件探しからはじめたが、茅ヶ崎、藤沢、鎌倉、逗子、葉山、三浦と、湘南全域を回っても、なかなかいい場所がない。いま、線路沿いにかわいらしくおさまったルオントを見ると、理想的な空間を見つけたと思うが、長く空き家だった木造家屋は、風雨にさらされ、「ホントにここでいいのか?」と、何度も自問を繰り返したという。

 最終的にこの場所に決めた後は、大工さんと組み、渡辺さん、秋元さんの3人で、好きな雑誌の切り抜きを持ちよりながら、壁、窓、ドア、デッキ、と、ひとつひとつ手作りで改装を施していった。

「自分たちで時間をかけて、自分たちはそれがいいと思ったけれど、ほかの人はどう思うんだろう……そう考えると、途中でわからなくなったりしましたね」

 心地よい空間の中で、あくまで、謙虚な渡辺さんである。

「ルオント」は、渡辺さんの翻訳会社の名前でもあるが、その意味するところは、フィンランド語で「自然」のこと。なぜフィンランド語かというと、渡辺さんの専門が北欧文学だったから。ちなみにフグレンコーヒーの発祥はノルウェーである。

「フィンランドもノルウェーもそうですが、北欧は大都会がなくて、街や地域が美しい。素朴だけど洗練されていて、住んでいる人も、やさしく親切だと思います」

 渡辺さんが語る北欧のイメージは、鎌倉の住人像にもつながるのではないか。

 長谷は、鎌倉でも観光ど真ん中の場所だが、お客さんは地元の人が半分以上。

「居心地のいい場所を提供することが目的なので、回転率も考えていませんし、むしろ、お客さまには長居していただきたい。ここ、気持ちよくて眠っちゃう、なんていわれると、うれしいぐらいです」

 周囲は別荘時代からの邸宅と町家が混在する、古くからの住宅街。地元の人からは、「暗くて、通りにくかった場所にお店ができてよかったわ」と喜ばれている。

 住宅街の入りくんだ路地をたどって、長谷の駅へ戻る。江ノ電のホームに立つと、夕暮れの中に、ルオントの灯りがやさしく浮かび上がっていた。

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PROFILE

清野由美(きよの・ゆみ)

写真

ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

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