このパンがすごい!

週に2度しか焼かない、情熱のパン屋/かいじゅう屋

  • 文・写真 池田浩明
  • 2017年9月19日

フランス山パンとカンパーニュ

かいじゅう屋(東京都)

 夕方、目白の裏通りにできる行列が目印だった、かいじゅう屋が立川に移転した。新店舗は武蔵野の緑の中にある。入り口の両側に立つけやきの大木に迎えられる。ここは100年つづく農家「鈴木農園」の一角。蚕室(養蚕のためかいこを飼う建物)を改装した建物は、田舎のよろず屋のようななつかしいたたずまい。

 情熱のパン屋。週に2度しかパンは焼かない。発酵に時間をかけるためだ。栃木の自然栽培農家・上野長一さんの小麦を自家製粉し、レーズンから起こした酵母を培養して種を作る。食パンの場合、中種を作って、レーズン種も加えて本ごねし、さらに一晩熟成させて、翌日焼く。

 なぜなのだろう。かいじゅう屋のパンにはどれもなつかしい香りがある。それは心をあたたかくするものだ。

 シンプルな麦の味わいを求めるなら、フランスパン生地を食パン型に焼いたフランス山パン。ばりばり感、激しい香ばしさ。もっちりを感じさせる密度は麦の風味の濃厚さにつながる。トーストにすると軽快に耳が割れてますます本領発揮。そのとき、レーズン種の酸味と一癖ある香りは、バターの甘さと意外なる仲むつまじさを見せる。

カンパーニュ

 カンパーニュ(食パン型バージョン)。ドイツ製ウェルカーのガス窯で焼きこんだ、この濃厚でうつくしい焼き色こそ、かいじゅう屋の身上。精魂傾けたレーズン種の風味をもっとも楽しめるのがカンパーニュでもある。心地いい酸味の風が吹いてくる。不思議だったのは、入ってもいないはちみつの甘さを感じたこと。麦の甘さが種由来の野生の風味をまとって、まるではちみつのような心地よさに感じさせるのだろう。

 橋本宣之さんは新天地で目指すものについてこう語る。

「普段行動するときはなにかをしようとか、なにかを得ようとか、目的をもってしまうと思うんですけど、その前にどう向き合うかが大事だと思うようになりました。どうパンと向き合うか、どうパンと関われるか」

 立川に移っての新メニュー、はちみつピーナッツ。甘いはちみつと、甘くないピーナッツペーストが、まだらに混ざり合うことで予定調和を突き破って、想定外のエロスを繰り広げる。皮はあくまで軽く、かちかちっと割れる。好ましい硬さは噛むことを促し、じゅくじゅくと旨味を染みださせ、麦のフレーバーは後味まで力強くつづく。

鈴木農園の店先

 かいじゅう屋がある鈴木農園は100年にわたってつづく農家。有機栽培で、カラフルな珍しい野菜を栽培する。とれたてのおいしさは格別。火曜と土曜は直売を行っているので、かいじゅう屋のパンといっしょに買って帰ることをおすすめする。凝った料理でなく、シンプルなサラダでも、自然の力がみなぎった野菜はパンのおいしさを倍加させ、食卓の幸福を約束する。

フランスパンにピーナッツバターを塗って鈴木農園の野菜をはさむ

 かいじゅう屋と鈴木農園の野菜を手軽に楽しむなら、水曜日「サンドイッチの日」に訪れたい。目白時代、食事用のシンプルなパンしか焼かなかったかいじゅう屋が、鈴木農園の野菜をたっぷり使ったサンドイッチを販売するなんて、ファンにとっては夢のような出来事だ。妻の美香さんは、毎回旬の野菜を見て心づくしのレシピを考え(「すごく悩んでいます」と笑う)、注文があってからひとつひとつ作る。

まるぱんサンド 白なす

 9月、私が訪れた日のメニューのひとつは、白なすのまるぱんサンド。大葉の香りを鮮烈に嗅ぎ、揚げたて自家製パン粉かりかりのナスフライを噛む。ナスは完全無欠のとろとろ状態、口に入るやいなやあっという間にじゅわっと液体に。その旨味とともに、コリンキーやニンジンのラペ、紫たまねぎをざくざくと噛む。そして、まるぱんの放つ小麦と発酵の形作るなつかしい風味にたどりつく。パンと具材が、寄り添い合うさまは、橋本さん夫婦が支え合って営むかいじゅう屋の魅力そのものだった。

外観

>>写真特集はこちら

■かいじゅう屋
東京都立川市西砂町5-6-2
10:00~16:00
[水] 11:00~14:00(サンドイッチの日)
火、水、土曜のみ営業
(月、木、金、日曜休み)
http://kaijyuya.hatenablog.com

>>「このパンがすごい!」でご紹介した店舗マップはこちら

 

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PROFILE

池田浩明(いけだ・ひろあき)ライター

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

BOOK

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写真

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