パリの外国ごはん

トム・ヤムはどこに? アジア風どんぶりの謎「Le Café Chinois」

  • 文・写真 川村明子 イラスト 室田万央里
  • 2017年9月26日

  

  

  

 前を通るたびに気になっていたお店が、ヴォージュ広場の脇にあった。名前は「カフェ・シノワ」。いつでもにぎわっていて午後もずっと開いているから、中国茶のサロン・ド・テでランチもやっているのかなぁ? と思っていた。

 万央里ちゃんに伝えると、以前近くに住んでいた頃よく行っていたお店という。「久しぶりに行きたいと思っていたんだ」と言うので、ランチをしようと待ち合わせをした。

 12時半すぎにお店に着くと、席はほぼ埋まっていて、私の後からもぞくぞくと人が入ってきた。2人席はすでに空きがなく、4人用のテーブルに通される。そして、向かいではなく、並びで座るように言われた。続いてカップルが同じテーブルに案内されて、あれ? 並んで座るの? と不思議そうにしながら私の向かいに腰掛け、相席となった。ほどなくしてやってきた万央里ちゃんも「向かいなんだ」と言いながら、隣に座る。なかなか無いシチュエーションだよね、と言いつつも、スタッフの立ち働くカウンターが2人そろって正面に見えて、少しラッキーな気分だ。

 壁に掛けられたメニューを見ると、どうも麺料理はひとつで、ほかはごはんに具がのった丼のよう。私は、エビとホウレン草に、バジル風味のココナツソースがかかったごはんものに決めた。オプションで、トム・ヤムもつけられるとあり、お願いすることにする。万央里ちゃんが、海藻とコリアンダーのベジタリアン丼に、やはりトム・ヤムをトッピングしたいと伝えると、注文をとっていたマダムは「それにはトム・ヤムは合わないの。もしトム・ヤムをつけたいなら、“まぐろのショウガソース"を具に選んだほうがいいわよ」と言う。彼女のきっぱりとした口調に「じゃあ、トム・ヤムは無しで、海藻丼をお願いします」と万央里ちゃんはオーダーした。

  

 料理とは別のところに掲げられたドリンクメニューには、お茶もいくつかあって、その中にプーアールcru(生の)とプーアールcuit(加熱した)というのがあった。聞くと、“クリュ”はグリーン・ティーで、“キュイ”は黒茶とのこと。違いを味わいたくて、両方を注文した。

 お互いの近況報告をしながら、満席となった店内を見渡す。少し注意して見ると、本を読みつつ料理が運ばれているのを待っている女性が少なくない。どうも1人で来ていて、2人テーブルに相席となっているみたいだ。自分自身の時間を楽しんでいるように見える。この店には独特の空気があって、おそらくそれを作っているのは、店内にくまなく目を配っている小柄なアジア女性2人。どことなく雰囲気の似た彼女たちは、そろってベリーショートで、忙しく立ち働いているのだけれどエレガントで格好いい。その凜とした2人の仕切るこの店に来ている人たちにも、雰囲気に共通項があるように思えた。それぞれの人たちが自分自身のスタイルを持っているような。

 まず運ばれてきたお茶は、茶こしも付いて、たっぷり楽しめる大きさのポットに入っていた。グリーン・ティーと言われた“クリュ"のほうは香りがほわんとして口当たりが柔らかい。対して“キュイ"のほうは、知っている味できりっとした飲み口だ。

 この店のメニューには“小皿"と題して2皿あるのだけれど、頼んでいる人はいないのか、どのテーブルの上にも丼がのっている。そしてどれも具がこんもりと盛られていて、その下にごはんが隠れているのか、それとも麺なのかがわからない。でも、麺を食べている人は見当たらなかった。

  

 私たちのテーブルに運ばれてきた丼は、ひとつはコリアンダーがどっさり、野菜もたっぷりで、もうひとつはもやしの上にでんぶらしきものがふんだんにふりかけてあった。もやしの間に少しホウレン草やエビが見えるし、それが私の頼んだものであることは明らかだったが、万央里ちゃんの丼は、海藻の姿が見えない。2人で、中身を探るように食べ始めた。

 ホウレン草とエビに絡められたココナツのソースは、こぶみかんの葉とレモングラスが利きつつもさらっとしたタイプではなくて、わりと重みのあるクリームという印象だ。フライドオニオンとでんぶがパンチを利かせると同時に、赤ピーマンの苦みと甘み、トマトの酸味がメリハリをつけている。親しみやすい味付けに、今度家でも作ろう、と思う。

  

 「こっちも味見する? ただね、これちょっと思ってたのと違う。ドレッシングがフレンチっぽいの」と言いながら、万央里ちゃんが丼を差し出してくれた。食べてみるとなるほど、アジア感がない。海藻は細かく刻まれ混ぜ合わせてあり、ねばりがあった。もちろん味が悪いわけではないのだけれど、運ばれてきたときに受けた見た目の印象がとてもアジアっぽかったので、いささか拍子抜けしたのは確かだ。

 自分のお皿をだいぶ食べ進めても、どうにも判明しないものがあった。オプションでつけたトム・ヤムの存在だ。ココナツソースにトム・ヤムペーストが使われているとは思えなかったし、トム・ヤムはどこなんだ? という疑問が残った。

  

 こちらの丼は私にはかなり控えめなポーションだったので、デザートにハスの実入りのチェーを取ることにした。おなかも落ち着いて、お会計をしにレジへ向かう。支払いをしながら、万央里ちゃんがカウンターの中に見つけた例のでんぶを指し「あれは、なんですか?」とマダムに聞いた。すると「トム・ヤムよ。干した豚肉を裂いたもの」という。え? このでんぶがトム・ヤム?! おまけに豚肉?! 全く予期していなかった答えに軽い衝撃を受けながら、併設された雑貨コーナーを物色して、なんだか面白かったなぁまた来よう、と思いつつお店を後にした。

  

Le Café Chinois
7, rue de Béarn 75003 Paris
01 42 71 47 43
12時~17時(ランチは12時~15時)
休み:土、日

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PROFILE

川村明子(かわむら・あきこ) 食ジャーナリスト

写真

東京生まれ。大学卒業後、1998年よりフランス在住。ル・コルドン・ブルー・パリにて製菓・料理課程を修了後、フランスおよびパリの食にまつわる活動を開始。現在は執筆のほか、パリで活躍する日本人シェフのドキュメンタリー番組『お皿にのっていない時間』を手掛けている。著書に『パリのビストロ手帖』『パリのパン屋さん』(新潮社)、『パリ発 サラダでごはん』(ポプラ社)
日々の活動は、Instagram: @mlleakiko、朝ごはんブログ「mes petits-déjeuners」で随時更新中。

室田万央里(むろた・まおり) 料理人

写真

無類の食べ物好きの両親の元、東京に生まれる。
17歳でNYに移り住んだ後、インドネシア、再び東京を経て14年前に渡仏。
モード界で働いた後に“食べてもらう事の喜び”への興味が押さえきれずケータリング業に転身。
イベントでのケータリングの他、料理教室、出張料理等をパリで行う。
野菜中心の家庭料理に妄想気味のアジアンテイストが加わった料理を提供。理想の料理は母の握り飯。未だその味に到達できず。
Instagram @maorimurota

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