鎌倉から、ものがたり。

地元の住人が受け継ぐバー、憧れの「ころあい」 THE BANK(後編)

  • 文 清野由美 写真 猪俣博史
  • 2017年9月29日

 観光地、鎌倉では午後5時ともなると、潮が引くように人波が消え、あとにはがらんとした日常の空気が街に漂う。でも、そこからなのだ、本当の鎌倉が味わえるのは。

 由比ヶ浜大通りにあるバー「THE BANK」は、たそがれが日中の喧噪(けんそう)と入れ替わる時間帯に店を開ける。

 扉を開けた先、半円形のカウンターの向こうでお客を迎えるのは、店長の野澤昌平さんと、スタッフの荒井恵美さん。2016年の再オープンの際に、オーナーである片山正通さん(50)が起用した新世代は、ふたりとも鎌倉を愛する住人である。

 野澤さんは以前、大町でバー「BURE(ブレ)」を切り盛りしていた。そのころから、「THE BANK」は大人のバーとして、あこがれの場所だった。初代オーナーだった、生前の渡邊かをるさんの姿も、記憶に鮮明だ。

「いつも定位置のソファに座っていらっしゃいました。若造にはとても太刀打ちできない貫禄があって、僕や友人は入り口で1杯飲んだら、そそくさと帰っていました(笑)」

 それでも渡邊さんは決して偉ぶることなく、誰にでも気さくに、ワン・トゥ・ワンのコミュニケーションで接していたという。

 背筋がちょっと伸びる緊張感と、それを味わえる喜び。誰をも迎える心やすさと、踏み込み過ぎない距離感。そのバランスは、「THE BANK」の再オープンを果たした現オーナーの片山さんが、最も大切にするものである。

 ユニクロのグローバル旗艦店をはじめ、世界の大都市に出店するブランドショップの空間構成を手がける片山さんは、自身の仕事が数字に直結するビジネスの先端を生きる。

「余白なく、無駄なく、完成度を高く――商業的に成功するために、インテリアデザインには、そういったことが厳しく求められます。ただ、その競争の中で、世界中の都市がどんどん同一性を高めている。コンビニエントな一方で、自分がどの都市にいるのかわからない、という時代になっていることも感じます」

 しかし、鎌倉は個性が際立っている。

「グローバルな視線で眺めてみても、TOKYOとも、YOKOHAMAとも、KYOTOとも違う場所。文化の香りと不思議なビートがあり、海が見えて、田舎っぽさが残り、面白い人が多い。ひと言で形容しがたいところですよね」

 そんな固有性を持つ街の中で、店は「地元の人たちに愛されること」が、いちばんだという。

「バーって、もうかる商売ではないんですね(笑)。でも、何も金銭だけが報酬ではない。『ころあいのよさ』といった雰囲気だって大きな価値で、そのバランスを追求するのが僕にとっても面白い」

 2016年秋の再オープンから今年の夏までは、1階のバーだけを開けていたが、9月1日から、2階もクリエーティブな場として活用をはじめた。このスペースでは、展示やイベントなど、その時々で中身を変えていく。名付けて「THE(  )BLANK(ザ・ブランク)」。(  )の中に、それぞれの中身があてはまるというわけだ。

 午後9時。夜の帳(とばり)がすっかり落ちると、一日の仕事を終えた近隣の店主たちが、そぞろにやってきて、店には親密な空気が流れはじめる。ジン、ウイスキー、ブランデー、ラム……少し辛口のアルコールと、無口な時間を、その日が明けるまで。

 時を超えて、ようこそ、大人の鎌倉へ。

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PROFILE

清野由美(きよの・ゆみ)

写真

ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

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