東京の台所

<153>アメリカ人の夫と、正月、実家で。

  • 文・写真 大平一枝
  • 2017年9月27日

〈住人プロフィール〉
グラフィックデザイナー・33歳
賃貸マンション・2DK・小田急線 豪徳寺駅(世田谷区)
築年数約10年・入居2年・夫(30歳・教員)とのふたり暮らし

    ◇

 3歳下のアフリカ系アメリカ人の彼とは、4年前、東京の言語交換コミュニティーサイトの集まりで知りあった。
 長身で、ドレッドヘア。彼女の第一印象は「怖いな」。

 彼女は留学で学んだ英語を忘れないために、彼は大学から学んできた日本語をブラッシュアップするために、参加していた。互いに母国語を教え合うシステムで、たまたま隣の席になった。
 ところが、彼は話すと驚くほど優しい口調で温和である。朗らかで明るい。なにより、彼の日本愛の強さに驚かされた。

「子どもの頃からアニメ、空手、格闘技が好きで日本に憧れていた、と。高校生のときトム・クルーズ主演の『ラスト・サムライ』を見て、さらに日本を好きになったそうです。オープンマインドで楽しい人だなあと思いました」

 取材の途中で遅れて帰宅した彼は、短髪に、ワイシャツとネクタイ姿。ドレッドの想像が付かない。
 聞けば、3回目に会ったときには髪を切り、現在の風貌(ふうぼう)になっていたとか。小学校で英語を教えていて、ドレッド時代も今も変わらず、小さな子に人気だという。
 「子どもが大好きです」と流ちょうな日本語で語る。

 彼に彼女の印象を聞いた。
 「かわいい。それからミステリアス。もっと知りたいと思いました」
 会ってすぐつきあい始め、2年目に同居、3年目で結婚した。しかし、想像通り、結婚は一筋縄ではいかなかった。
 実家の父は、アジア以外出たことのない人。母には交際を伝え、彼とも会って理解を得ていたが、父親にはなかなか言い出せなかったという。

「私が叔母と電話で、アメリカ人と付き合っていると話しているのを聞いて、父が“どんな奴なんだ”と。悪い奴に決まってる。付き合うな、と反対されました」

 2015年正月。付き合って1年3カ月のとき、一緒に実家に帰ることにした。実質、交際を認めてもらうための父と彼との初対面である。彼は言う。
 「彼女の両親と、帰省しているお姉さん一家に対して、僕一人。とても緊張しました」
 日本人同士でも緊張する場面なのに、彼ひとり異国の人である。アウェーのなかに一人乗り込むのにどれほど勇気がいったことか。
 しかも正月という特別なときに訪問する意味を、彼は十分に理解している。

 義父と彼をつないだのは日本酒と“子ども”だった。
 彼は高校生の頃から「日本酒はどんな味がするんだろう。いつか飲みたいなあ」と願っていたほどの日本通。今もいつも週末は彼女と自宅で楽しんでいる。
 この日、気づいたら、酒が好きな父と1升近くを空けていた。

 そして、まだ就学前の幼い姉の子ども3人と本当に楽しそうに遊ぶ。
 あたたかくて穏やか。肩書や国籍などというスペックではなく、ほんとうに大事なものは、会わないとわからない。優しそうな人だなあと、私も彼を見て思った。私が取材していたときも、遅れて帰宅した彼は、大きな体にドーナツの袋を抱え、「ほら、これ」と見せてくれた。ハロウィーンのデコレーションのドーナツが三つ並んでいた。おそらく、妻が呼んだ客である私と3人で食べようと思って買ってきたのだろう。この取材を長くしているが、取材者のパートナーから差し入れをもらうのは初めてだった。

 「正月の帰り際、玄関で父と彼はハグをしてたんです。わたし、もうびっくりしちゃって。母ですか? 横で泣いてました」
 彼女はうれしそうに振り返る。

 大学卒業後、すぐに日本に来たかったが、まずは1年韓国で英語教師をしてお金をため、やっと来日できた。アメリカで食べたことがなかったのり、わかめ、昆布も大好きだ。そんな彼から、彼女は店員のサービスや安全な環境など日本のいいところを教えてもらい、再発見することが多いという。

 酒が父を懐柔したなどと、簡単な話ではなかろうが、彼の日本愛が心をつないだのは確かだ。さしつ、さされつ。小さな器で楽しむ。日本酒をはさむと、時の流れがゆっくりになる。そういう間(ま)をいとおしむ彼に、彼女も父もほれたのだろう。

 新婚夫婦の休日を邪魔するのも心苦しく、いくぶん早めにおいとました。玄関の後ろから「あ~」という彼の悔しそうな声が聞こえた。ドーナツを思い出したのだろう。―― いいんです、三つ目は2人で分けて食べてください。私はもう、ふたりのほんわりとした幸せが伝染して胸がいっぱいなので。
 「お金がなくて結婚式をまだ挙げていない」という2人のシンプルな家財道具を思い出し、分け合う姿を甘い気持ちで想像しながら帰途についた。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

写真

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば 辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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