東京の外国ごはん

「フムス」っておいしい! ~タイーム(イスラエル料理)

  • 文・写真 宇佐美里圭
  • 2017年10月3日

 ここ数年、おいしいもの好きの友達の間で「フムス」という言葉がちらほらと聞かれるようになってきた。フ~ム、どうやらはやっているらしい?! 特にオーガニック志向や健康志向の強いアメリカでは何年も前から流行に火がついていて、専門店があるばかりか、オーガニックスーパーに行くと数々の手作りフムスが売っているそう。

 フムスとは何か? 簡単にいうと、イスラエルやトルコなど中近東地域の伝統的な家庭料理のひとつ。ひよこ豆のフムスは、ゆでたひよこ豆に、ニンニクや白練りごま、レモン汁、塩、オリーブオイルを入れてペースト状にしたもの。ピタパンや野菜などにたっぷりとつけて食べるのが主流だ。たんぱく質、ミネラル類、食物繊維、ビタミンB1がたっぷりと含まれていることから、むくみや疲れに効果的といわれているので、美容や健康意識の高い人や、海外セレブの間でも人気がある。

 そんな話題のフムスを、恵比寿と広尾の間にあるイスラエルレストランで食べられると聞き、さっそく向かった。

フムスのヒミツ

 広尾駅からも恵比寿駅からもだいたい徒歩10分程度。落ち着いた住宅街にイスラエル料理「Ta-im(タイーム)」はある。白い壁に青い文字、窓にずらりと並んだグリーンのビール瓶が印象的だ。店内はカウンターのみで9席。ランチタイムが終わる間際にうかがったら、カウンターで外国人や日本人のお客さんがオーナーとおしゃべりしながら、和気あいあいと食事をしていた。あ、なんだかいい感じ。風通しがよく、みんながここの料理を楽しんでいる、という雰囲気が伝わってきた。

 さっそく私も注文を。まずはイスラエルのディップ、「3種盛り合わせ」(1880円)から。ひよこ豆がのっているディップが「フムス」(ひよこ豆のディップ)で、赤いディップが「マッブハ」(オーブンで焼いたパプリカの果肉、カットトマト、ハーブ、スパイスを組み合わせた煮込み)、残りの白っぽいものが「ババガヌシュ」(蒸し焼きナスの果肉にごまペーストをあえたもの)だ。どれも一口食べてびっくり!これは……本当においしい。どれもいけるが、特にフムス。濃厚な豆の味にスパイスが複雑に絡み合い、味に厚みがある。仕上げにかけられた白ごまのソースもクリーミーでたまらない。「無理に1人で食べなくてもいいよ」と気を使うオーナーの横で、瞬く間に平らげてしまった。

 そしてイスラエル料理といえば、ハズせないのが「ファラフェル」(4個で680円)。ひよこ豆のコロッケで、ハーブとごまがたっぷりと使われている。カラッと新鮮な油で揚げられたファラフェルは中身がぎゅっと詰まり、ヘルシーなのにボリューム感がある。そのまま食べても、ピタパンに挟んでもおいしい。

 この辺りですでにおなかがパンパンだったが、スイーツは別腹。「バクラワ」(480円)というピスタチオのあんを挟んだ甘いペーストリーと、「ハルバ」(420円)という、ごまのぺーストと蜂蜜のシロップを固めたお菓子をいただいた。中近東のお菓子はものすごく甘いというイメージがあったが、これもうわさに違わず。バクラワは口に入れるとじわ~っと甘い汁が染み出し、とにかく甘い。甘いが、嫌な感じじゃない。身体に染み込んでいくような甘さで、「甘い」と思いながらも甘さを確かめるようにまた一口食べてしまう。疲れが取れるような至福の一品だった。一方、ハルバはザラザラ、というかジャリジャリとした舌触り。バクラワほど甘くはなく、意外とさらりと食べてしまった。

 それにしても……こんなにおいしいフムスは初めてだった。オーナーのダン・ズッカーマン(Dan Zuckerman)さん(56)に思わずそう伝えると、ニコッと照れ笑いしながら言った。

 「毎朝ここで手作りしているんですよ。うちは素材を大事にしているから、材料も厳選して、かなりレベルの高いフムスを作っていると思います。自分も食べるものだから、本当に体にいいと思うものを作っているんです。やっぱり健康第一だから……。お金も欲しいけど、お金のためだけに料理を作っているんじゃないのでね」

 このフムスは、毎朝、広尾の高級スーパー「ナショナル麻布」にも届けられているそうだ。かなりの人気商品で、販路拡大の話もあるとか。フムスのレシピ自体はそれほど難しいものじゃないと言うが、ポイントは配合のバランス。どれくらいの量をどのタイミングで入れるか。それが味を決めるのだという。「けっこう経験が必要なんですよ」とダンさんはいう。

 「赤ちゃんの頃からフムスを食べていた」ダンさんは、イスラエルのテルアビブ出身。料理は昔から好きだったが、まさか自分がその道で食べていくことになるとは思っていなかった。

飛行機の乗り継ぎが、その後の人生を変えた

 初来日は1983年。アジア諸国を旅行中、飛行機の乗り継ぎでたまたま降りた日本が、その後の人生を大きく変えた。

 「イスラエルは徴兵制度があり男性も女性も軍隊に行きます。それが終わると気分転換のため、バックパッカーになる人が多いんです。私はネパール、インド、タイ、フィリピン、ミャンマー、香港をまわっていました。日本に行く予定はなかったんですが、飛行機の都合で東京に……。そしたら飛行場に着いたとたん、なんでだかわからないけれど、すごく感動したんです。説明できないけれど、『いいな』って思った。何かが心に響いたんです」

 たしかに、そういうことってある。飛行場についたとたん、好きだ!と思う国が、私にも2、3カ所思い当たる。その土地のエネルギーや人々の醸し出す雰囲気とフィーリングが合うのだろう。

 ダンさんは結局3カ月ほど日本に滞在し、帰国後エルサレム大学に入学。日本語を専攻した。しかし、せっかく入ったのに1年で退学してしまう。「もっと早く日本語を習得したい」と、京都へ飛んだのだ。

 京都では、午前中は日本語学校へ行き、夕方からは英語を教えた。「バブルだったから英語の需要もあって、けっこう稼げたんですよ」という。さらに、庭に興味があったため、庭師にも弟子入り。合気道、剣道、太極拳、気功にもハマり、20代前半は日本の文化にどっぷりつかっていた。

 そんな中、一番強い興味を持ったのが気功だった。中国人の素晴らしい先生に出会い、彼のもとで修行を積むうち鍼灸(しんきゅう)を学びたくなったダンさんは、イギリスへ。現地の有名な鍼灸の学校へ入学し、そこで4年間鍼灸を学んで免許を取得。イギリスで出会った日本人女性と結婚し、イスラエルへ帰ってからは、しばらく鍼灸のクリニックを営んでいた。しかし、徐々に「また日本へ行きたい」という思いが強くなっていった。

 「どこか日本に心残りがあったのと、日本にいる気功の先生のもとでまた学びたい、という気持ちがあったんですね」

 そこで、1996年、ダンさんは妻と幼い娘2人を連れて日本へ。来日後は英会話の先生だけでなく、飲食店やカフェなど、あちこちのアルバイトを渡り歩いてなんとか暮らしていた。そうしているうち、だんだんと「飲食の仕事が好きだな」と気づいたという。

 「お客さんとおしゃべりしたり、おいしいものを出したりするレストランという場所が好きだったんです。どんな形かはわからなかったけど、次第に自分のお店を持ちたいなと思うようになりました」

何があっても「今やるしかない!」

 その夢が具体的になったのは、10年ほど前にイスラエル料理店でマネジャーとして働いていたときだ。フムスもファラフェルもまだ日本ではほとんど知られていない時期だったが、予想以上に売れていた。「自分も好きだし、フムス作りには自信がある。日本人も好きなら成り立つ」。そう確信したダンさんは、自分のお店を持とうと一歩踏み出した。背中を押したのは、自身の年齢のこともあった。

 「ちょうど50歳になったときで、今やらないとだめだ、と思ったんです。東日本大震災のあった2011年で、銀行にいっても『やめた方がいいんじゃないか』と言われました。でも、何があっても今やるしかない、と腹をくくっていたので」

 そして、念願のお店を2011年6月にオープン。場所は奥さんのアドバイスで外国人が多く住む広尾を選んだ。駅からの距離が心配だったが、インターネットの時代、そんな心配は杞憂(きゆう)だった。おいしいものさえあれば、客の方から探してくる。現に今は北海道、名古屋、九州といった地方や、海外からも多くのお客さんが来ている。ベジタリアンやビーガンの外国人旅行客の需要も高く、時期によっては外国人のお客さんが多いときもあるという。

 お店は開店当時から、ダンさんとアルバイトの2人で切り盛りしているが、早朝だけ妻と次女がお店に来て、3人でフムスの仕込みをする。「新鮮であること」「体にいいこと」を信条に、気づけば家族でイスラエル料理を作っている日々だ。

 この「本当にいいと思うことをやる」というのは、シンプルでいて実はかなり難しい。「もうちょっと儲(もう)けたい」とか「もうちょっとラクしたい」と思えばいくらでもできる。仕事だからとか、時間がないからだとか、言い訳はごまんとある。タイームに流れるある種の気持ちのよさは、 ダンさんのシンプルでいて確固とした“思い"があるからかもしれないな……。数日経ってからふとそんな風に思った。ちなみに、“タイーム"とは、ヘブライ語で「おいしい」という意味だそうな。どのお料理もほんと、タイームでした。

>>「フムス」や「ファラフェル」をピタパンに挟むと……写真のつづきはこちら

■Ta-im(タイーム)(イスラエル料理)
東京都渋谷区恵比寿1丁目29-16
電話:03-5424-2990
http://www.ta-imebisu.com

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PROFILE

宇佐美里圭(うさみ・りか)編集者、ライター

宇佐美里圭

1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

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