ものはうたう

荒木おばあちゃんの座敷箒 松野弘さん、きぬ子さん

  • 文・小澤典代、写真・篠塚ようこ
  • 2017年10月6日

昔はどの家庭にもあった、ごく普通の座敷箒(ざしきぼうき)。日常の掃除に欠かせない日用品でした

 昭和の頃は、町内に一軒は“荒物屋(あらものや)”と呼ばれる商店がありました。荒物とは家庭で使う日用雑貨で、箒(ほうき)やちり取りにハタキ、タライやバケツなどの道具のことです。近頃ではあまり見かけなくなったものたちですが、荒物屋の軒先に、いくつもの箒やハタキがつるされていた光景は、今となっては懐かしい当時の暮らしを象徴する風景のひとつです。

 松野弘さん・きぬ子さん夫婦は、そうした荒物に愛着を持ち、その使い勝手のよさを次の世代にも伝えたいと、荒物雑貨の卸と販売を手がける「松野屋」を営んでいます。

 今回、松野さんが毎日使う日用品として紹介してくれたのは、栃木県で昔からつくられている座敷箒。今では生産者は数人となってしまった、いわば絶滅危惧種的な荒物です。

 「20年ほど前に、足で探して出会った生産者さんでね、それ以来ずっと継続して発注しています。栃木は昭和30年代頃までは箒の産地として知られていたんですが、掃除機に押されて、つくり手は今やほとんどいないのが現状です。松野屋では、昔ながらの使いやすい箒をずっと探していたんですよ」

 荒木トクさんというおばあちゃんがつくっている座敷箒。元々ご夫婦で分業体制で生産していましたが、数年前にご主人が他界。今はトクさんひとりで腕のいい職人だったご主人の仕事を受け継ぎ、60年続けてきた栃木の箒づくりを行っています。そんな状況のなか、トクさんの負担にならぬよう、できる範囲内のペースでつくってもらい、完成したら買い取る、というスタイルを松野さんは取り入れ、それが信頼関係をつくり、トクさんも安心して箒づくりができているようです。

 ある日、そのトクさんから松野さんにお礼の言葉が。それは「箒づくりを続けてこられたから、孫の結婚に少しばかりのお祝いを渡すことができた」という、感謝の気持ちでした。それを聞いて、松野さんは、継続した取引の大切さを改めて認識したのだそうです。

 「荒木さんのように、ひとりで荒物をつくっている生産者もたくさんいます。その人たちの暮らしを守るために、仕事として成立するよう継続させることを、ある意味使命と感じています。そうした日用品は目立たないからね、守っていこうという取り組みも少ない。何より、つくり手と商いを通して長くお付き合いすることが大事だと考えているんですよ。」

手に馴染み、気負わず使える日用品への親しみ

 そもそも、松野さんが荒物と呼ばれる日用品を扱うようになった理由には、育った環境への愛情が根底にあります。東京の下町で生まれ育ち、商いの場も問屋街の馬喰町。まわりには家内製手工業としてのものづくりの現場がたくさんあり、真面目にコツコツものづくりに取り組む人々を見て育ち、そのなかですべてを学んできたと言います。

 「名のある作家がつくる名品、目利きと呼ばれる人々が良しとする一流品、そういうものがいいのはわかってる。でもさ、もっと庶民に身近で、多少雑なところはあっても何だか手に馴染んで、毎日気負いなく使えるものの良さってのも大事にしたいと思うんだよね。つくっている人たちは、昔からやってきたことを黙々と続けて、立派なものをつくろうなんて考えてはいない、だけど真面目なんだよ」

 朝起きて、夜眠るまで幾度となく手にする日用品の数々。そこに、お気に入りの名品があることは素敵なことですが、考えてみれば、そうしたものだけで生活しているわけではありません。よくあるタワシやアルミの洗濯ばさみの使い勝手の良さは、意識せずとも手にしてしまう確かな機能があり、存在感を放たないことで無理なく馴染んでくれる親しみがあります。

 松野さんのお宅では、日本全国を歩き回って探した商品でもある荒物雑貨が、暮らしのなかのあちこちで活躍しています。もちろんこの箒もそうで、毎日使われていて、すり減った部分からは愛用の頻度がわかります。

もう何年使っているかわからないほど長持ちしてくれるそうです

 「我が家では掃除機はあまり使わずもっぱら箒です。窓を開け放してサッサッと掃くと気分もサッパリしますね。電気も使わず、狭い隙間でもちゃんと掃除できるからホントに便利ですよ」と、実際に掃除の様子を見せてくれたのはきぬ子さん。

 こうした手際のよい掃除や台所仕事を見るにつけ、毎日繰り返される何気ない家事がいかに大切であるかを思い知るのです。折り目正しい暮らしには、健やかな心が宿り、明日に夢を描く力の源になっていると感じます。それは、私たちがずっと受け継いできた知恵。当たり前であって、当たり前でない、豊かさをもたらす行為です。

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PROFILE

小澤典代(おざわ・のりよ)

小澤典代

手仕事まわりの取材・執筆とスタイリングを中心に仕事をする。ものと人の関係を通し、普通の当たり前の日々に喜びを見いだせるような企画を提案。著書に『日本のかご』『一緒に暮らす布』(ともに新潮社)、『金継ぎのすすめ』(誠文堂新光社)などがある。また、ブログ「小澤典代のいろいろ雑記」でも、気になるひと・もの・ことを紹介。
http://blog.fu-chi.main.jp/

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