東京の台所

<154>住まいより大事なものにお金を

  • 文・写真 大平一枝
  • 2017年10月11日

〈住人プロフィール〉
会社員・48歳
賃貸アパート・1R・京王線 千歳烏山駅(世田谷区)
築年数約24年・入居24年・ひとり暮らし

    ◇

「24年間ずっと同じアパートに住んでいます。持っているものは必要最低限で、特別こだわった道具もありません。台所はIHコンロひとつですごく狭くて使いにくい。でも、たまには何の変哲もないこういう台所が『東京の台所』に出てもいいかなあと思って応募しました」

 小柄できゃしゃなからだをした住人は、開口一番こう応募の動機を話した。

 応募時のコメントでも、連載に登場する人たちは、みんないい暮らしをしていて少し偏っているように思う。自分はワンルームのアパートで、ものをあまり持たず、小さな暮らしをしているのでよかったら見に来て下さいという言葉が、大変印象的だった。

 もともと虚弱体質で、30代後半で大病を患い、会社を1カ月休んだこともあるという。仕事はハードだがやりがいがある。治癒した今も、薬は飲みながら働いている。郷里の母を50代で亡くしていることから、「自分もどこかで長生きしないだろうなとおもっているところがあります」と、淡々と語る。

 引っ越さなかったのは、給料を、住まいではなく別のことに使ってきたから。恋人がいるが、なにしろ毎日仕事をするのが精いっぱいで、へとへとで帰ってきて倒れ込んでしまうような状態である。とてもオフを楽しむ心の余裕がない。

 洋服も、化粧品も必要最小限にしている。

「ものをたくさん持つのが苦手です。断捨離ブームがありましたが、なぜはやるのか、あまり意味がわかりませんでした。もともとそうやって暮らしていたので。部屋のサイズにあわせ、ひとつ買ったらひとつ捨てるようにしています」

 人はいつか死ぬ。たくさん持っていても、いずれは不要になる。自分にはたくさん部屋やものは必要ないとわかってきた。

「もうちょっと、持っている器が似合うような、風通しのよい畳の部屋などに住んでみたいなとは思いますが、住まいではなく自分の人生や心をゆたかにするもののほうに価値観を置いているので、あまり気にしていないのです」

 と笑う。

 それは、部屋の隅のエレクターシェルフを見ればわかる。

 小鹿田(おんた)焼き、湯町釜の焼きもの、浄法寺塗りの汁わんと酒器……etc。全国各地の工芸品が所狭しと並んでいる。数はけして多くないが、どれも選び抜いた逸品であることがわかる。出されたジュースの下には、鳥取の弓浜絣という織物が敷かれていた。

「海外にも行かないし、引っ越しもしませんが、国内の旅は大好きなのです。器やガラス、織物、染織などその土地ならではの工芸品をひとつひとつ買い足すのがまた楽しくて」

 みかんが盛られたかごは、竹細工教室で自分で編んだという。あめ色のうわぐすりがぬくもりを伝える取手付きの土鍋は、米を水に浸さなくてすむというすぐれものらしい。

 わざわざ海外に行かなくても、日本にはすぐれた手仕事や美しい場所がたくさんあると、彼女は言う。それを知らないのはもったいない、と。

 自分の足で歩き、審美眼で選び取った全国の手仕事を、暮らしの中にじつにうまくとりこんでいる。だめなどころか、とても個性的だ。

 エレクターシェルフの下段には、全国の観光パンフが地域別にファイリングされていた。

「これは?」

 彼女の目が輝く。

「いつか、地域のいいものを探して世の中に紹介したいという夢があるんです。私は子どももいないし、捨てるものもない。つまり、守るものがないという自由があります。いつ死ぬかわからない人生なら、好きなことをやろうと。そして、せっかくやるなら、ひとりよがりではなく、少しは世の中の役に立つことをしたいなと思っています」

 派手なスポットの当たらない、見過ごしがちな地域の小さな営みにも、大きな価値がある。それを伝えていく道を探っている。何らかの形で情報発信をしたいと、言葉に熱がこもる。

 パンフレットが物語る全国の旅は、そのための勉強も兼ねている。

 彼女の夢を支えているのは、各地で知りあった仲間や友だちの「あなたならできる」という言葉だ。

「若い頃は不器用で、体も弱くて、何もできませんでした。そんな自分でも、長く仕事を続けていると、経験が糧になる。できないと思っていたことがいつの間にかできるようになっていたり、小さな自信になる。周囲からも君ならできると言われると、またそれが自信になって。いつか、いいものを紹介したいという夢を抱くようになりました」

 暮らしかたや金の使い方に決まりはない。彼女は、引っ越しや広くて豪華な台所より、旅先で古くから伝わる生活道具を愛でる楽しみを優先してきた。そのどれもが、一つ一つ丁寧に作られたハンドメイドだ。何もない台所です、と言いながら、私は欲しい鍋やグラスがたくさんあった。

 小さな台所で、お気に入りの土鍋でご飯を炊きながら、彼女は今日もへとへとになるまで働き、帰宅したら倒れ込むように眠るのだろう。なにもないというが、私にはそうは見えない。

 広くて豪華な台所があったとしても、彼女のような夢と志を持っていない東京の人間はいくらでもいる。

 しっかり地に足を付け、東京に根を張り生きている人のたくましさがまぶしかった。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

写真

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば 辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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