#明日何着よう

音楽のように楽しむ香水

  • 文・朝吹真理子
  • 2017年11月1日

冷蔵庫で保管している香水=志賀理江子氏撮影

 一人暮らしをしていたとき、遠方から泊まりに来ていた友人が、私の部屋の冷蔵庫をあけるなり、笑いながら写真を撮った。味噌(みそ)、菊正宗、香水。それだけしか入っていない冷蔵庫だった。友人は私の散らかった部屋を片付けてくれて「まりまり、意外とロックだね」と言って帰った。

 香水を冷蔵庫で保管するようになったのは、フレデリック・マルというフランスの香水を選んでいたときで、そのお店では、テスターはすべて冷蔵室に保管されていた。香水が無機質な白い光のなかで整然と並んでいるのに痺(しび)れた。香水は封を切ると酸化がはじまってしまうから、すこしでも長く調香師のうみだした香りをそのまま楽しむには、冷暗所にいれておくのがいいと教えてもらい、家に帰ってすぐに香水を冷蔵庫にしまった。

 香水は時間芸術だ。私にとって香水は音楽といっしょなので、レコードを集めるように持っている。香水は、体熱によって再生される音楽で、お天気や人のにおいと混ざり合ってつけるたびに少しずつ変わる。エルメスの調香師だったジャンクロード・エレナの「調香師日記」を読むと、香水が音楽のコードを掛け合わせるようにつくられているのがよくわかる。トップ、ミドル、ラストと香りが刻々と変化をするのもアルバムをきくようだと思う。

 最近は、香りの基調は変わらず、はじまりからおわりまでやわらかく流れてゆく香水もある。ジャケットのデザインが格好いいから試聴せずに買ってしまうように、ボトルの形状や香水の名前に惹(ひ)かれて、つけない香りであっても、家に持って帰ることがある。ながらく香水は冷蔵庫にしまわれていたのだけれど、ボトルはレコードジャケットと同じだから、冷蔵庫のなかにしまわれているとすがたを全く楽しめないことに今更ながら気づいた。引っ越しを機に、劣化を覚悟で、香水をすべて本棚に置きかえた。いまは光を浴びているボトルをながめる時間が楽しい。(作家)

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PROFILE

朝吹真理子(あさぶき・まりこ)

1984年、東京生まれ。 2009年、「流跡」でデビュー。2010年、同作でドゥマゴ文学賞を最年少受賞。2011年、「きことわ」で芥川賞 を受賞した。

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