川島蓉子のひとむすび

<29>佐藤卓さん 「クールミントガム」と「デザイン」を結ぶ思考 

  • 文・川島蓉子
  • 2017年11月8日

佐藤卓さん

  • ロッテ クールミントガム旧デザイン

  • 卓さんがデザインを手がけたクールミントガム

  • 旧クールミントガムのペンギンと鯨

  • クールミントガムのデザインいろいろ

  • 佐藤さんが2001年から手がけるプロジェクト「デザインの解剖展」から、「明治おいしい牛乳」

  • 川島さんがホストを務める定期イベント「未来のおしゃべり会」で2017年10月、話をする佐藤さん

  • 『塑する思考』佐藤卓著 新潮社刊

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 「明治 おいしい牛乳」や「ニッカ ウヰスキーピュアモルト」、「ロッテ クールミントガム」をはじめ、NHK Eテレ「デザインあ」など、グラフィックデザイナーの佐藤卓さんが手がける仕事は、長きにわたって愛されているものばかり――平明な視線と卓越したアイデアを持ちながら、頓智(とんち)の利いたユーモアの持ち主なので、お会いすると、つい長話になってしまいます。

 そんな卓さんが、『塑する思考』という書籍を出しました。少し前に「デザインについて、特別な人だけでなく、多くの人に読んで欲しいと思って書いたんです」と話していた本がついに出た、と読み始めたら、すっかり引き込まれてしまいました。この手の書籍にありがちな、難しい理屈や教条主義的な姿勢がまったくない。面白くてためになる、爽快な読後感があったのです。それで、どうしてこの本を書こうと思ったのか、最近のデザインのあれこれについて、卓さんの話を伺いました。

    ◇

 この本は、「一般的に受け取られている『デザイン』のイメージにはかなり誤解があってもったいない」ということから手がけた、と卓さん。私もデザインについて、豊かな暮らしを送るために欠かせないのに、難しく語られることが多くて残念と思っていたので、この言葉にまずしびれました。

 「デザインとは色やかたちを作ること」と考えている人は少なくないと思います。あるいは、デザインは「おしゃれな人だけがわかる、ちょっと特別なもの」という意識は、意外と根強いのではないでしょうか。しかし、「デザインは日常のありとあらゆるところに隠れている」というのが卓さんの考え。建築、空間、家具、家電、服、化粧品、食品など、人がかかわるものは、すべてデザインがなされているのです。

デザインにおける「構造」と「意匠」

 では、デザインとはどういう意味を持っているのでしょうか。

 卓さんは「建築物にたとえれば、躯体(くたい)を作っているのが“構造”で、それを覆っているのが“意匠”になります。双方がデザインであり、欠かせない存在なのですが、ともすると“意匠”だけがデザインと思われがちなのです」。建物の“構造”は基軸をなす重要なところであり、そこもデザインが担っているということ。「“意匠”は時代の変化に合わせて微妙に調整してもかまわない要素ですが、“構造”は10年経ってもびくともしない強度が求められます」。そう聞くと、卓さんの手がけるデザインがロングセラーになっているのは、“構造”と“意匠”のデザインが、共になされているからと腑(ふ)に落ちます。

 そしてデザインが、物やサービスを売るため、目立たせるための道具ではなく、“構造”と“意匠”を作る大事な役割を果たしているととらえると、見る目が少し変わってくるのではないでしょうか。

 たとえば、「デザイン家電」「デザイナーズマンション」といった言葉。これについても「『デザイン家電』がいう『デザイン』には、『デザインっぽい』というニュアンスが含まれていて、カッコイイもの、オシャレなものがデザインという解釈をされてしまうのでは」と卓さん。この「デザイン」は、間違った解釈にもとづいた使い方であることが、よくわかります。一方で、広告なども含め、「デザイン◯◯」という使い方が、割と安易にされている――卓さんが語るデザインの本質的な意味を、もっともっと広めなければと感じます。

クールミントガムのデザインは
なにが変わったのか?

 卓さんの仕事は幅も奥行きも広いので、事例を絞って紹介するのは難しいこと。そんな中で、印象に残っているエピソードのひとつは、クールミントガムのパッケージのリニューアルデザインの話です。ロッテが発売してから33年を経た1993年に、卓さんがリニューアルを手がけ、その後20年以上にわたって愛用されたパッケージでした。

 30年以上の歴史を持つブランドのリニューアルは、ゼロから作り上げるより難しい仕事だったのではないでしょうか。なぜなら、歴史の中で生き続けてきた良きものを残しながら、未来に向けた良きものを作っていかなければならないから――。これを見事にやり切ったから、20年以上という長きにわたって愛用されたのです。

 リニューアル前のものと、リニューアル後のものを並べてみると、変化がよくわかります。以前は、天面と側面の双方に、ペンギンと「COOL MINT」という商品名が入っていたのですが、卓さんが手がけたものは、ペンギンの絵だけの面と、商品名だけの面に分けられています。これは、7枚入りから9枚入りになって厚みが増し、「二つの面が同時に見える角度が、ガム本来の『正面』である」と気づいたから。お客さんの目線に立って、必要な要素を最適な場に収めていく。まさに“構造”と“意匠”を整えたのです。

 また、1羽だったペンギンが5羽になって、しかも右から2番目のペンギンだけ、手を挙げています。「1羽だと少し寂しいので、面積の空き具合を見ながら大きさを調節して、最終的に行き着いたのが5羽でした」。さらに、前のパッケージには、ペンギンの背景に、小さな潮吹き鯨が描かれていました。気づいた人がこっそり喜びそうな、口元に笑みを浮かべそうな、ささやかな仕込みとも言えるもの。その精神を生かしたデザインにしようと試みたのです。

 「5羽のペンギンたちが、会社組織の人たちに見えてきて、この列の中で一番大変な目に遭っているのは誰かと考えました」。答えは2番手のペンギン。先頭にいる社長からは叱られるし、後ろにいる部下からは愚痴られる。難儀をしている2番目が「社長、そんなに早く歩かれては、誰もついていけません!」と言っている――パッケージ全体が少しユーモラスに見えるのは、このストーリーが潜んでいるからかも。

 こういう話を聞いていると、私たちが触れているデザインとは、色やかたちといった視覚に訴えかけるものでなく、ダイレクトに心に伝わってくるものであり、それが暮らしを取り巻く気分やシーンとつながっていることがよくわかります。

 デザインを見るまなざしが少し変わってくる、そして、軽やかでありながら深い意味を持ってくる――卓さんの人となりが伝わってくる書籍です。

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PROFILE

川島蓉子(かわしま・ようこ) 伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト

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伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト。
1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科修了。多摩美術大学非常勤講師。 日経ビジネスオンラインや読売新聞で連載を持つ。著書に『TSUTAYAの謎』『社長、そのデザインでは売れません!』(日経BP社)、『ビームス戦略』(PHP研究所)、『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)、などがある。1年365日、毎朝、午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続けている。
ifs未来研究所 http://ifs-miraiken.jp

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