鎌倉から、ものがたり。

新名物・材木座の潮風が作った干し野菜カレー「香菜軒 寓」(後編)

  • 文 清野由美 写真 猪俣博史
  • 2017年11月10日

>>「香菜軒 寓」前編から続く

 北側には神社のお社やお寺、南側には砂浜。鎌倉・材木座には、神さびた味わいと、開放的な海の景色が共存する。そんなまちの一隅に、3席だけのレストラン「香菜軒 寓」がある。

 古い日本家屋の庭先を使った店には、店主の三浦勉さん(55)、みのりさん(51)夫妻の気さくな笑顔。テーブルにつくと、隣の台所からトントンと包丁の音が聞こえてきて、気持ちがほっこりと温かくなる。

 外には勉さんがしつらえた7人ほどのベンチ席がある。これからの季節は、同じく勉さん作の「ロケットストーブ」を囲み、ますますなごみそう。晴れた日なら、持参したお弁当箱におかずを詰めてもらい、海岸に出るのもいい。店では、全品テイクアウトに対応している。

 店に隣接する家(というか、家に店が隣接しているのだが)は、勉さんの祖父が関東大震災の後に建て、当時2歳だったお父さんとともに移り住んだという、年季の入った木造家屋だ。三浦さん一家は、祖父も父も兄も仕事は建築関係で、勉さんにもその血が流れている。

 東京・富士見台で20年間営業した「香菜軒」を閉め、鎌倉の実家での再開を決めたとき、店はセルフビルドで建てようと、真っ先に考えた。

 「わが家は昔から、我流でヘンな大工仕事をすることが日常。父も僕も『ゲリラ大工』で、とりわけ僕は『小屋』とか『物置』とか、かりずまい的な空間が好きで……」

 と、うれしそうに語る勉さん。8カ月をかけて、新たな店となる「小屋」をみずから立ち上げた。新しい店は、もとの屋号に「寓」の字を加えたが、これは勉さんの奮闘を見たお父さんの意見から。

 「まさしく『寓居(ぐうきょ=かりずまい)』ではないか、ということで(笑)」

 勉さんが大工仕事にハマっている間、みのりさんは、鎌倉検定に挑戦したり、よそのお店でアルバイトをしたりと、久々の自由時間を、はじめて暮らすまちで謳歌(おうか)した。

「お義母さんから、『材木座の家は潮風で、障子の桟までしょっぱくなる』と聞いていたのですが、その通り。だったら、野菜、干してみようか、とも思いついて」

 そこから新名物、「材木座の潮風が作った干し野菜カレー」が誕生した。

 ふたりがあらためて実感するのは、鎌倉のネットワークの奥深さだ。ここでは、オーガニックライフ、セルフビルドといった言葉が、コミュニティの中で普通に息づいている。

 「とはいっても、僕たちの店は、やっぱり不思議な形態だと思います。でも、地域に多様な店があればあるほど、人々の居場所は増える。大きい集団だと人間関係の摩擦も生じがちですが、『店』という小さな集団なら、考え方が違う人同士でも、孤立しないで、つきあっていけるのです」

 食を媒介にした居場所づくり――と、大げさに構えることもなく、ふたりはいまの時代に大切なアクションを、明るい笑顔をもって実践している。

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PROFILE

清野由美(きよの・ゆみ)

写真

ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

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