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江戸の名料亭「八百善」の料理を食べてみたい……。『料理通異聞』

  • 文・武富葉子
  • 2017年11月27日

撮影/猪俣博史

  • 『料理通異聞』松井今朝子・著 幻冬舎刊 1728円(税込み)

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 料理本が江戸時代にはすでに登場していたということをご存じだろうか。

 たとえば『豆腐百珍』には、100種類もの豆腐の調理法が紹介されており、珍本として大評判となった。その後、卵、タイ、こんにゃくなどの百珍本も続編として出版されたという。

 数多くの料理本が出版されたなか、今から約200年前にプロの料理人が著した本として大ベストセラーになったのが、江戸の名料亭「八百善」四代目善四郎の著書『江戸流行料理通』である。四季折々の献立や具体的なレシピ、さらには調理器具の使い方から基本的な心構えまで記されており、江戸料理を今に伝える大切な資料となっている。

 この本が人気を博したもうひとつの理由は、大田南畝、酒井抱一、谷文晁など、時代の寵児(ちょうじ)といってよいメンバーが寄稿したり、挿絵を描いたりしていたことだろう。なぜこれだけの文化人たちがこぞって参加していたのかといえば、彼らがみなこの店の常連客だったからだ。当時「八百善」は、料理屋にとどまらない、サロンのような存在となっていた。

当時は、あの鳥も食材だった?

 小説『料理通異聞』の主人公は、この『江戸流行料理通』の著者であり、「八百善」を一代で時代の最先端にまで押し上げた人物・栗山善四郎である。簡単に言ってしまえば、成功した男の一代記なのであるが、天変地異などが続く難しい時代に、文人墨客(詩文、書画など風流に親しむ人)をはじめとするたくさんの人との出会いを糧に、優れた商売のセンスと料理の腕で最後は将軍家のお成りをあおぐまでになる様子は、なかなか痛快で気持ちがよい。

 また、江戸時代の料亭の様子や、登場する料理の数々も、実に魅力的に描かれている。中には意外な組み合わせがあったり、鶴など、今では考えられない食材が登場したりするのだが、味わいや口あたりを伝える言葉の豊かさはもちろん、つくり方や塩加減、盛り付けについても詳細に描かれており、思わず「どんな料理なんだろう」「食べてみたい」「見てみたい」と好奇心をくすぐられる。

 それもそのはず、著者の松井今朝子さんは京都・祇園の料亭の娘さんで、食日記『今朝子の晩ごはん』も出版されているほどの方。この人だからこそ、このテーマをこれだけ生き生きと描くことができたともいえるだろう。

 そしてもちろん、善四郎の著書『江戸流行料理通』が残っているからこそ、当時の料理や様子を私たちはこんなにリアルに想像できるのだ。著者はこの小説の中で「料理は、書画のようにそのものは残せないけれど、献立などを書物として残せば、後世の人たちに役に立つかもしれない」と、善四郎に語らせているが、まさにそのとおりだと思う。

 できることなら、タイムマシンに乗って、善四郎の店「八百善」で料理を食べてみたい。もうひとつぜいたくを言うなら、相手はぜひ酒井抱一にお願いしたいものだ。

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PROFILE

武富葉子(たけとみ・ようこ)

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湘南 蔦屋書店 料理・暮らしコンシェルジュ。料理を中心に、暮らしの本や雑誌の編集に二十数年携わったのち、思うところあって売る側へ。現在は料理だけでなく、手芸の楽しさを広めるべく、書店の枠を超えて活動中。通勤電車での編み物が小さな楽しみ。
>>湘南T-SITE 湘南蔦屋書店ホームページはこちら

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