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<77>読む喜びと書く楽しみ 元新聞記者が始めた小さな本屋

  • 文 吉川明子 写真 山本倫子
  • 2017年11月16日

 30年以上第一線で活躍していた新聞記者が、小さな本屋の主になった。書店の名は「Readin'Writin' TAWARAMACHI BOOK STORE」。大切な人に本を贈る「サンジョルディの日」にあたる今年4月23日、東京・浅草にほど近い田原町にオープンしたばかりだ。

 定年を目前に会社を辞め、未知の世界に飛び込んだ落合博さん(59)は、何が起こるかわからない今の状況にわくわくしているように見えた――。

 会社に属していれば誰しもが、いずれは定年を迎える。再雇用制度によって65歳まで同じ会社で働くという選択肢もあるが、給与は大幅にダウンし、今までとは異なる部署に回されるのは目に見えている。

「そこまで会社にしがみつくのもどうなんだろう? 周囲の目を気にしながら働くのも嫌だ」

 そう思った落合さんが会社から離れた人生に考えを巡らせた時、本のある空間の居心地の良さが思い浮かんだ。「古本に囲まれて、それらを売るのも悪くないかも」と思った落合さんは早速、さまざまな書店を巡ってみることにした。現場に足を運び、いろんな人に話を聞くことは、新聞記者にとって基本中の基本だ。

 みんな、書店や出版業界のことを親切に教えてくれた。「どんどんやったらいい! でも、やるんだったら新刊の方がいいよ。店に勢いが出るからね」とアドバイスしてくれた人もいた。いろんな人と話をしているうちに、落合さんはだんだん“その気”になってきたという。

「話を聞いていて、書店は儲(もう)からないということはわかりました。でも、本屋とは文化の発信の場であり、社会的にも意義のある仕事。少しくらい赤字が出たとしてもなんとかなると思ったんです」

 扱う本は新刊のみにした。新刊書店は、取次会社と契約して委託販売という形を取るのが一般的だ。書店は在庫を抱えなくて済み、本が売れなければ返本できるというメリットがある。しかし、落合さんは全ての本を買い取った上で販売する方法を選択した。

「返本できないとなると、本当に必要なものだけを仕入れなくてはなりません。5年、10年ここに並べていても、いつか誰かが買ってくれるようないい本が仕入れの基準。ベストセラーや流行のものはありません」

 棚に目を向けると「東京」「芸能文化」「日本のガイド本」「絵本」「生き方」「食」「子育て」「言葉」といったキーワードが見て取れる。新刊、既刊を問わず知的好奇心をそそられるものばかりで、棚を眺めているだけでも、落合さんが丁寧に選び抜いたものであることがひしひしと伝わってくる。本を選び、読むことの楽しさを実感できる品ぞろえとなっており、本好きにはたまらないはずだ。

 好きな本が見つかったら、購入時にカウンターでコーヒーを注文すると100円引きになるというサービスも行っている。ハンドドリップのコーヒーを飲みながら、すぐにその場で買ったばかりの本を読むことだってできる。

 一方で、この店には他の書店にない特色がある。それは書店名にも掲げられている“Writin'"、すなわち「書くこと」だ。元新聞記者の落合さんにとって、書くことに関しては一日の長がある。そこで始めたのが、マンツーマンの文章教室「WORKSHOP FOR WRITING」。本に囲まれたこの空間で、ブログやエッセー、自分史などと目的を問わず、落合さんと双方向的に文章を書くレッスンを行っている。

 「読むことと書くことはつながっています。それは、双子のような関係かもしれません」

 落合さんは今、一人で店を切り盛りしているが、いろんな人が店を訪れるため、新聞記者時代よりもはるかに多くの人に会って話をしているという。しかし、街の小さな書店の主としてはまだ新米で、未知数なことばかり。

 「ずっとじたばたしていたいと思い続けていて、変に達観して人生こんなもんだとは思いたくはない。かみさんと子どももいますけど、自分の人生ですからね」

 そう話す落合さんは、実に楽しそうに“じたばた”している。

■おすすめの3冊

『Tokyo on Foot』(フロラン・シャヴェ/著)+『東京下町百景―つちもちしんじ作品集』(つちもちしんじ/著)
東京の下町を、イラストを交えて紹介した2冊。「うちのジャンルの一つにBooks On Japanというものがあるのですが、これはフランス人と日本人がそれぞれ下町を描いたガイド本です。それぞれに良さがあるんです」

『定年後- 50歳からの生き方、終わり方』(楠木新/著)
「定年後」に何を失うのか、どう生きるべきかを記した新書。「まさに今、自分が読んでいる本(笑)。昔話に花を咲かせるよりも、これから自分がどうしていくかに興味があります。誰もがしないことをする方が面白いはず」

『世界のしおり・ブックマーク意外史(アマチュア歴史学)』(猪又義孝/著)
しおり史研究家が記した、日本で初めての「しおり・ブックマーク」の通史。「仲間うちで任意団体『日本栞(しおり)学会』というものを立ち上げたのですが、この本のことを知り、著者に連絡を取って店で扱うことにしました。しおりやブックマークの意外な歴史や役割が詳細に記されており、とても面白いんです!」

    ◇

Readin'Writin' TAWARAMACHI BOOK STORE
東京都台東区寿2-4-7
http://readinwritin.net/
写真特集はこちら

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