東京の外国ごはん

ペルー料理がおいしい理由 ~アルド

  • 文・写真 宇佐美里圭
  • 2017年11月28日

 ペルー料理がキテる! とささやかれ始めたのは、今から5、6年くらい前だろうか。2013年の世界のベストレストランにペルーの店が2軒ランクインし、スペインの「エルブジ」の天才シェフ、フェラン・アドリアが次に仕掛けるのはペルー料理店らしい……という話題が出始めていた。その頃、私はひそかに「あったり前じゃん!」と思っていた。なにしろ、私はことあるごとに「南北アメリカ大陸で一番おいしいのはペルー料理である!」と友人たちに言い続けていたのだ。 本当にペルー料理はおいしいんです。

 個人的な話で恐縮ですが、私は南米にはいろいろと縁がありあちこちの国を旅し、ペルーに1年、ブエノスアイレスに数カ月住んでいた。もちろんどの国にもおいしいものがあったが、食材や調理法のバラエティーなどを見ると、やっぱりペルー料理が群を抜いているのだ。

 なぜか? まずはその地形。ペルーは日本の面積の約3倍の大きさで、太平洋沿岸の“コスタ(沿岸部)”、アンデス山脈の“シエラ(山岳部)”、アマゾン川流域の“セルバ(アマゾン)”にわかれる。だから魚介類、野菜(ジャガイモ、トウモロコシ、トマトなどはアンデス原産)、フルーツなどとにかく食材が豊富だ。

 そしてその文化のミックス度。先住民のインディヘナ、スペイン人、黒人、中国人、日本人、イタリア人……と多民族なのでさまざまな調理法が独自の発展を遂げた。

 しかも。16世紀には当時世界最大のインカ帝国があり、植民地時代はペルー副王領が設立されてラテンアメリカ支配の本拠地となっていた。ということは……当時の権力者がペルーに集まっていたということ。当然、腕のいいコックも本国から連れてきていただろう。金と権力のあるところには美食も必ずある……というのは私の推論にすぎないけれど、権力者たちがまずいものを食べていたとは思えない。この3つの要素を見ただけで、おいしいものがあるのは当たり前、と思えてきません?

 そんなわけで、友人に「おいしいペルー料理屋がある」と聞き、数日後にはさっそくそのお店を訪ねた。それが、2016年、表参道にオープンした「ALDO(アルド)」だ。

かわいいアルパカがお出迎え

 表参道駅から徒歩1分。こんなおしゃれな場所に? と思いながら歩いていると、赤と白のペルーの国旗が見えてきた。入り口にはかわいいアルパカの置物が。階段を下りて扉を開けると、店内はすでにほぼ満席だった。

 最初にいただいたのは、ペルー料理といえばまずこれ「魚介のミックスセビッチェ」(1750円)だ。魚介はブリ、タコ、ホタテ。それらをレモンと香辛料でマリネにし、チョクロ(トウモロコシ)や紫タマネギ、パクチーと混ぜ、サツマイモ、カンチャ(大粒のトウモロコシを素揚げして塩をまぶしたもの)を添えて食べる。ふわっとパクチーの香りとともに酸味の香りが鼻腔(びくう)を刺激する。さっそく口に運んでみると……なにこれ! 今まで食べてきたセビッチェの中で一番おいしい。ブリがセビッチェにこんなに合うなんて新鮮だった。酸味はそれほど強くなく、魚の味もしっかりと感じられる。

「ペルーでは白身魚を使うことが多いんですが、日本でいろんな魚を試した結果、ブリが一番おいしかったんです。ブリがないときはイナダなどを使っています」

 オーナーシェフのアルド・ヘスス・ウラタ・ロスタウナウさん(47)は、忙しくキッチンで手を動かしながらそう言った。

 そしてお次はペルーの国民食、「アンティクーチョ」(900円)。牛ハツをスパイシーなタレに漬け込み、焼いたものだ。焼き鳥のようだが、一つ一つのお肉が大きい。ナイフで切って口に入れると……跳ね返るような弾力。ジューシーで、たまらない。ビールのおつまみには最高だろう。添えられた2種類のソースは、激辛の赤い唐辛子ソースと、控えめな辛さの緑のコリアンダーソース。ペルー人には赤いソースが人気だとか。

 そして最後は「ロモ・サルタード」(1650円)。こちらもペルーでは、どこの食堂にも必ずある定番。牛肉、トマト、玉ねぎ、フライドポテトなどを一緒に炒め、醤油(しょうゆ)を使って味付けをしたものだ。

「もともとは中国系の移民の影響でできた料理だと言われています。だから醤油(しょうゆ)を使っているんです。ポテトは一度揚げないといけないし、大鍋で強火で調理するので、家で作るのは大変。だから、ペルー人は食堂に行くとよく頼むんですよ(笑)」

 ご飯と一緒に食べるので、これだけでボリューム満点。日本人が食べても「日本食?」と思えるほど違和感のない味だ。日本人で嫌いな人はおそらくいないはず。

 カウンターから人懐っこい笑顔で話しかけてくれるオーナーシェフのアルドさんは、ペルー中西部の街、チンボテ(Chimbote)生まれ、トルヒーヨ(Trujillo)育ち。名前に「ウラタ」とある通り、日系ペルー人3世だ。

「祖父が日本人で、富山県出身でした。戦後の混乱期にペルーに移住し、祖母と出会ってから料理を学び、ペルー料理のレストランを開いたそうで、母が店を継ぎました。だから私はいつもおいしいものを食べて育ったんです」

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 アルドさんはそう言ってにっこり笑った。料理を専門的に勉強したことはないが、忙しい母の代わりに料理をするようになり、家庭で自然に技術を習得した。母方の祖母はアフリカ系ペルー人で、彼女も腕のいい料理人として有名だった。そう、料理家の血筋なのだ。(次ページへつづく

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PROFILE

宇佐美里圭(うさみ・りか)編集者、ライター

宇佐美里圭

1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

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