bookcafe

<78>心がちょっと軽くなる 移動カフェで息抜きの時間

  • 文 吉川明子 写真 山本倫子
  • 2017年11月30日

 週に1、2回、都内のどこかに現れる「メンタル系移動ブックカフェLOTUS」。スズキ・エブリイの広々とした荷室に、冷蔵庫や流し台、作業スペースなどがコンパクトに収められ、客と対面するカウンター部分は本棚になっている。そこに並べられているのは、“こころ”にまつわるさまざまな古本。気になる本があれば、購入することもできる。

 店主の勝亦(かつまた)健介さん(41)がハンドドリップコーヒーを淹(い)れる間、客との何げない雑談が始まるのは日常的なことだ。勝亦さんには、精神保健福祉士というもう一つの顔がある。精神障害者に対する相談援助など、社会福祉業務に携わる人の国家資格だ。

 精神科病院や障害者施設の専門スタッフ、専門学校の教員などの経歴がある勝亦さん。2年前に専門学校を退職し、社会福祉の現場に戻るべく仕事を探したが、希望する職種の常勤での公募は少なく、応募書類を出しては待ち、待っては不採用という不安定な状態が続いていた。

 「待っている時間を使って何かできないかと考えた時、移動販売を思いついたんです。コーヒーと本が好きなので、道端でコーヒーや本を売ることができればと思って」

 移動販売の始め方に関する本を買い、営業許可や食品衛生責任者の資格を取るなど、できることから行動を起こしてみた。車の改装費用にお金をかける余裕もないため、慣れないDIYにも挑戦した。移動販売の準備を少しずつ進めていくことが、勝亦さんの心の安定にもつながった。

 「自分にはこれしかないという気持ちで取り組んでいたのですが、おかげで悲観的にならずにすみました」

 飲食関係の経験はなかったものの、これまでの仕事で培った経験を生かしたいと考えた。自分で外出できない人たちが多い高齢者施設や福祉施設に出向いたり、訪れた客の悩み相談に応じたりしてはどうか、と移動販売のアイデアはどんどん広がっていった。

 今年4月から、念願の営業を開始。ウェブサイトやツイッターで出店情報を発信しては、店をかまえる。コーヒーは自分がおいしいと思う豆を厳選し、オリジナルブレンドを提供。気分や体調に合わせて選べるハーブティーも各種取りそろえている。

 「ツイッターを見て来ました、という人は思ったほど多くないのですが、よく出店する場所では少しずつ常連の人が来てくれるようになりました」

 勝亦さんは、必ずしも全員の客に話しかけているわけではない。イベント会場などの出店では、早くコーヒーがほしい人もいるからだ。そういう時は迅速なサービスを心掛ける。一方で、「今、ちょっと辛いことがあって……」と、苦しい心のうちをぽろりとこぼす人もいる。勝亦さんはそんな時、自身のスキルを生かしつつ、相手に寄り添うように、丁寧に言葉を交わす。

 「移動販売を始める前から、話し相手ができないかと考えていましたが、臨床心理士の友人に『定期的に関われるわけではないのに、無責任じゃないか』と言われました。でも、できる範囲内でやれることもあるんじゃないかと思うんです」

 友人や家族に言えないようなことでも、むしろ赤の他人だからこそ気楽に吐き出せることもある。勝亦さんの言うように、薫り高いコーヒーを飲み終えるまでのひとときは、心に少し重荷を抱えている客にとって、つかの間の息抜きになるかもしれない。

 勝亦さんは就職活動の末、常勤ではないが、希望の仕事に就くことができた。現在は週4回、都内の社会福祉協議会でソーシャルワーカーとして勤務している。そこでの仕事があるからこそ、休日を利用して移動販売を続ける心の余裕も得ることができた。

「もちろん本気でやっているけど、専業じゃないからこそ、あくせくせずに楽しんでできるんじゃないかと思うんです。お客さんがこない時は、本を読んだりしてますし」

 心を少しだけ軽くしてくれる、コーヒー一杯分の“カウンセリング”。都内のどこかで見かけたら、立ち寄ってみよう。

■おすすめの3冊

『Breaking Stones』(山本恭子/写真)
写真家・山本恭子さんが幼い頃に経験した場面緘黙(かんもく)症(家庭で普通に話すのに、幼稚園や学校などの特定の状況で話せないといった小児期のまれな症状)をテーマにした写真集。「写真家ご本人が、うちのサイトを見つけてくれ、『メンタル系のブックカフェということで、この写真集も置いてほしい』とご連絡をいただいたんです。モノクロの写真が印象的なのですが、うちに届いた経緯も含めておすすめしたい一冊です」

『小さな人気店をつくる! 移動販売のはじめ方』(平山普/著)
その名の通り、移動販売歴10年以上、開業希望者向けゼミを主催する著者による指南書。「この本を参考に、今の移動販売をはじめました。著者の移動販売への考え方に自由度があり、共感できました。著者との交流もあり、いろいろアドバイスもいただきました」

『好き? 好き? 大好き?―対話と詩のあそび』(R・D・レイン/著、村上 光彦/訳)
イギリスの精神科医が執筆した、詩やシナリオ、対話とも取れるような不思議な一冊。「レインは反精神医学の流れを汲む医師で、前からその考え方に共感していました。精神科医の本なのに、詩集みたいで人間関係の一部を巧みに切り取っています」

    ◇

メンタル系移動ブックカフェLOTUS
※出店日時と場所は、サイトとツイッターで告知
https://bookcafelotus.wixsite.com/mental
https://twitter.com/bookcafelotus
写真特集はこちら

[PR]

この記事を気に入ったら
「いいね!」しよう

今、あなたにオススメ

Pickup!