川島蓉子のひとむすび

<31>シンプルな「あん」空間が、五感に響く 「TORAYA CAFÉ・AN STAND 北青山店」(後編)

  • 川島蓉子 写真・伊藤徹也
  • 2017年12月6日

 前回、オープンしたばかりの「TORAYA CAFÉ・AN STAND(以下、あんスタンド)北青山店」をご紹介しました。「KINOKUNIYA」の裏手にある店は、一見するとファッションブティックと見まちがうおしゃれなたたずまい――前面が大きなガラスの引き戸になっている端正な構えの店です。

 外から丸見えなので、お客の気持ちが「入りづらい」「食べづらい」に向かっても不思議でないのですが、素っ気ないほどのシンプルさが清潔感と軽やかさを生み出し、カウンターに並ぶお菓子や奥にのぞく厨房(ちゅうぼう)の風景が「おいしそう」という気持ちをかきたててくれます。

 店に入ると、カウンターの上に小さなガラスケースが設(しつら)えてあり、「昔ながらの和菓子屋さんってこうだった」という懐かしさが広がる風景です。ガラスケースの中を指さしながら「これ、ひとつください」と声をかけ、くるりと袋に包んで差し出される――温かい商店のありようを思い出します。また厨房では、前回紹介したオリジナル商品の「あんバン」や「あんペーストフォンダン」を作っているのですが、「あんバン」を蒸すせいろから上がる湯気や匂い、職人さんたちがキビキビ動いている様が、店に活気を与えています。

 一方、入って右手に設えてある棚の上には、ずらりと商品が並んでいます。あんをペースト状にした「あんペースト」や、焼き菓子の「あずきとカカオのフォンダン」をはじめとするオリジナルの菓子類と、数々の詰め合わせセット――いろいろな種類がそろっているので、贈り物に重宝しそう。包みを開ける時の相手の顔を想像しながら、じっくり選べる空間になっています。

 ショップデザインを手がけたのは、新宿「ニュウマン」の「あんスタンド」第一号店と同様、ランドスケーププロダクツの中原慎一郎さん。立ち上げにあたって依頼されたのは、「TORAYA CAFÉ」で展開している「あん」を主役にした新しい店ということでした。中原さんは、“あん”を取り巻く風景というところから発想を練っていき、生まれ故郷である鹿児島の和菓子から、「“あん”を包むようにおおらかで柔らかい皮」をイメージして表現したのです。

 「皮でおおっている感じ」を出すため、壁やカウンターなどは白い漆喰(しっくい)塗りに包まれ、曲線や曲面がふんだんに使われています。職人が塗り込んだ漆喰は、手仕事ならではの質感が残っていて、さりげない温かさを放っています。一方、厨房への入り口やカウンター、棚など、通常は直線使いになっているところに、美しい丸みが付いていて、空間全体をやわらかくしています。こうやって空間の細部に行き届いた配慮は、そうと気づかなくても、お客の心地に大きな影響を及ぼすと感じました。

 一方、壁の一隅を彩る虎の絵も印象的。タイルでかたち作られていて、つやのある質感がしっとりした輝きを放っています。この絵は、仲條正義さんの手によるもの。2匹のモダンな虎が、少しユーモラスな風情で描かれていて、その周囲を赤色のラインがぐるりと囲っています。モダンなのにどこか懐かしさがあり、2匹の虎が語り合っているような楽しさに満ちています。

 さらに入り口は、黒っぽい壁に「T」をかたどった文字が――よく見ると、ストライプ状につながれた板に斜めに彫りが施されています。これは中原さんが、鑿(のみ)削りを得意とするアーティストに依頼し、手彫りしてもらったもの。ヘリンボーン柄のように施されたジグザグの紋様が、ざらりとした味わいを生み出しています。そして、不思議な触感の「T」の文字は、ホウロウを扱うアーティストに手掛けてもらいました。丸みを帯びた立体的な造作は、手で打ち出したものですが、つやのある質感が、ホウロウならではのぬくもりのある光を宿しています。そしてこれ、化学合板を平面で作ったものと同じように見えて、人の感覚に訴えかけるものがまったく違うと感じました。

 「日本のお菓子が持っている、湯気や湿度といった感じが伝わる空間にしたかった」という中原さんの意図が伝わってくる――裏通りにたたずんでいる一軒家の「あんスタンド」は、派手な造りで声高に主張しているお店ではありません。それだけに、これから町になじみ、ご近所も含めてファンがついて、愛用される商店になっていきそう――今回の取材を通して実感したことです。大きな商業施設の中で、新しい話題を提供しながら、次々と入れ替わっていくお店も楽しいですが、人の知恵と手仕事をぎっしり詰め、丁寧に作り上げたお店や商品は、長きにわたって続いていく存在になるのではないでしょうか。

 逆に言うと、大きな商業施設のように、ほうっておいても人が訪れてくれる場ではないので、「ここにある」を発信していかなければいけません。「あんバン」や「あんペーストフォンダン」の「おいしさ」を知らしめていくことも課題です。

 また、1階のスペースだけでは、ゆったり気分でお茶するには落ち着かないと思ってきいたところ、2階のスペースをどうしていくかは進行中とのこと。カフェになってくれたらうれしいなと思いながら、通ってみようと思います。

TORAYA CAFÉ・AN STAND 北青山店
東京都港区北青山3-12-16

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PROFILE

川島蓉子(かわしま・ようこ) 伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト

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伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト。
1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科修了。多摩美術大学非常勤講師。 日経ビジネスオンラインや読売新聞で連載を持つ。著書に『TSUTAYAの謎』『社長、そのデザインでは売れません!』(日経BP社)、『ビームス戦略』(PHP研究所)、『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)、などがある。1年365日、毎朝、午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続けている。
ifs未来研究所 http://ifs-miraiken.jp

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