鎌倉から、ものがたり。

日替わり「つまみぐい」の至福「祖餐(ソサン)」(後編)

  • 文 清野由美 写真 猪俣博史
  • 2017年12月8日

>>祖餐(前編)からつづく

 鎌倉・御成町にある「祖餐」の入門は、メニューの「つまみぐい」から。「本日のおつまみをあれこれ少しずつお出しします」と記されている通り、内容は日によって変わっていく。

 ある日は、「寒ブリの白こしょうマリネ」「春菊のからし和え」「牛肉とまいたけのオイスター炒め」「台湾ゆば、きくらげ、おかひじきのサラダ」「かきのしぐれ煮」「金針菜のしょうゆ煮」……といったラインナップ。

 こちらを肴(さかな)に、店主の石井英史さん(45)がソムリエとして、客人の好みや要望を聞き、それぞれに合った良質の自然派ワイン、日本酒、お茶をすすめてくれる。

 英史さんは「魚料理は白ワイン」「肉料理は赤ワイン」といった定型を離れ、その日その日に、一人ひとりが抱く食事のストーリーに耳を傾けながら、的確におススメを選んでいく。

 「つまみぐい」でおなかをならした後は、魚、肉料理もよし、「中華ちまき」「鶏汁台湾そば」もよし。台所に立つのは妻の美穂さん(48)、英史さんの母の和子さん、そして英史さん。今日は美穂さんが腕を振るっている。

 「私の料理は、プロが修業したものではなく、子育てや介護といった、自分自身の日常に根ざした料理です。『あ、今日はこの材料がない』というときに、『だったら、あれで代用しよう』という感じで(笑)」

 美穂さんは謙遜するが、料理は一品一品に繊細な感性とひらめきが反映され、飲み物との相性が際立っている。

 「祖餐」の食卓には、英史さんの母、和子さんの料理も並ぶ。和子さんは長年、地元の鎌倉市で料理教室を主宰し、家族にもおいしい食事をつくり続けてきた。その口ぐせは「すごくいいものを食べる必要はない。悪いものをなるべく体に入れないように」。「つまみぐい」に入っている「柚餅子(ゆべし)」は、和子さんが毎年冬に料理教室のメンバーとともに仕込む特別な一品だ。

 客席のテーブルからは、フルオープンのキッチンで料理をつくる美穂さんの立ち居振る舞いがよく見える。

 かつて電器屋さんが、1階を店舗、2階を住居に使っていた建物は、台所や押し入れなどの構造を、そのまま生かして改装した。その際は、キッチンに高いカウンターを設けないことで、客席との一体感を出せるように意識した。

 店の象徴でもある客席の長テーブルは、通常より5センチほど足を低くした。そうすると、「つまみぐい」のお膳がちょうどいい高さになる。何より、テーブルが低めだと、自然とくつろいだ気持ちになれる。

 平日の開店時間は午後5時から。夕方になると、3歳の息子、瑛太郎くんが近所の保育園から帰ってきて、奥のスペースで遊びがはじまる。おばあちゃんの和子さんが相手をする様子がほほえましい。

 店には人々が集まり、ワイン、日本酒、お茶をクロスオーバーさせながら、ゆっくりと食事を楽しんでいる。同じ空間で、石井さんの家族の時間も同時に進んでいる。普通なら、きっぱりと分けられているふたつが、なにということもなく調和している。

 その不思議な調和は、英史さん、美穂さんが、生きること、暮らすことを大切にする姿勢から生まれる。ふたりが提供しているのは、おいしいワインと料理だけではない。「食」を通して、日常の中で自分自身に向き合う時間がここにはある。

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PROFILE

清野由美(きよの・ゆみ)

写真

ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

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