東京の台所

<159>料理の夢かなえるため離婚。精進料理の店主に

  • 文・写真 大平一枝
  • 2017年12月20日

〈住人プロフィール〉
料理家、食堂店主・40歳(女性)
賃貸マンション・2DK・日比谷線 中目黒駅(目黒区)
築年数約40年・入居4年・13歳長女、10歳次女との3人暮らし

    ◇

 禅僧の父は自宅で精進料理を教えていた。彼女は10代の頃から、母とともに手伝っていた。当時、飽食に疑問を感じ、ストイックな食事法や健康法をとりいれることで、逆に心身の調子を崩している人が少なくなかった。

「ところが来るときは暗い顔だった生徒さんがみんな、笑顔でほころんで帰っていく。その表情を見て、子ども心に、これは普通の料理教室とは違うなと思いました」

 父の料理は、マクロビオティックでもオーガニックでもない。こだわりすぎず、厳密すぎず。しかし、どこにでもある地味な食材を丁寧に、てまひまかけてみんなで料理するととびきりおいしく、食べたときに顔がほころび、リラックスして、穏やかなおももちになってゆくところに興味を持った。

「次第に、作ること、食べることで心をほぐす料理なのだなとわかってきました。そして自分も将来、そういう心をほぐす食の仕事をしたいなと思うようになったのです」

 よその寺で精進料理を1年間学んだ後、仏教系の短大を卒業。フリーのフードコーディネーターになるが、営業が苦手なうえに経験不足、技術不足もあり、思うように仕事が増えない。行き詰まりを感じていた26歳の頃、結婚し、愛知県に嫁いだ。

 翌年長女を出産。ふたたび食周りの仕事を再開する。

「食に携わっていたくて、行政の食育のサポートや、介護食を作る仕事をしました。そのケアホームでの体験が刺激になりました。そこでは肉や魚も使いますが、基本的に玄米中心の自然食です。寝たきりのお年寄りが玄米を食べると立派な便をするんですね。感動しました。ふつうは下剤を使ったりしますから。口から食べたものを自力でちゃんと排便するというふつうのことができるようになる。あらためて食の力の凄さを実感したのです」

 心と体の健康を保つためには、現代栄養学だけでなく、玄米菜食の歴史を持つ日本人型栄養学の知識も必要だと気づいた。それから食養生を独学で勉強し、産後うつの母親のプライベートシェフなど、こまぎれながらも、興味のある分野の仕事をこなす中で、もっと本格的に料理の仕事で身を立てたいと考え始める。

 根底には、父の作る精進料理があった。こだわりすぎず、ほどほどの、体に優しい料理。地道に一生懸命ものづくりをする人たちの食材を使って、食べた人が笑顔で帰ってゆくあの料理をもっと広めたい、と。

 そう考えた矢先、父が急死した。結婚4年目のことである。

「ここにいてはだめだ。東京で父の料理を広める仕事をしたい、料理家として独り立ちしたいと夫に打ち明けました。地方で菜食を教えても、野菜は安いという感覚があり、商売にならないのです。東京で勝負をかけたい。でもあなたが私の夢のために仕事をやめてまでして来ることはない。いたかったら、ここにいてくださいと言いました」

 前年に次女を出産していた。だが彼女は、家族で上京ではなく、離婚を視野に入れた究極の提案をした。

「世間知らずのまま結婚した私は、恋愛もよくわかっていなかったかもしれません。料理家になりたいという気持ちは日に日に強まり、そのための勉強や経験を積んでいた。でも彼は、どちらかというとその場に立ち止まっている感じで……。変わらない彼と一緒にいたら自分の成長も止まってしまうような気がしてしまったのです。価値観がずれ始めていたんですね」

 夫は家族とともに生きることを選び、仕事をやめ、一家で上京した。だが、なかなか彼の仕事が見つからず、慣れぬ都会で心身を壊した。

 32歳で離婚。出版社をまわり、営業をしていた頃、彼女の精進料理を知る人から、秋葉原に新しく立つビルの一角で飲食店をやらないかと声がかかった。

「バツイチでふたりの子持ち。失敗はできないし、想いだけでは、商売は成り立ちません。自分には、あとがない。のるかそるか半年悩んだ結果、やることにしました」

 昔ながらの製法で作られた調味料、有機栽培や新規就農でていねいにものづくりをしている農家の食材を使い、父の精進料理をもっと気軽にカフェ風にアレンジ。ワンディッシュに、彩りよく小さな惣菜を8~10種盛り付けたり、ターメリック豆乳ラテや精進アイス、有機穀物フロートなど甘味やソフトドリンクにも工夫をこらした。これが海外のサイトで紹介され、外国人に受けた。また、女子会や貸し切りパーティでも人気に。ストイックになりすぎず、ほどほどに。「お客さんを笑顔で帰す」がモットーの食堂は、今年4年目になる。

「よくやってきたなと思いますね。仕入れが安定したのは本当にここ最近です。毎日無我夢中でした。子どもがいるので20時に店が終わるとすぐ帰るようにしています。前夜に子どものご飯とおやつを作り、夜は子どもたちだけで食べます。料理や洗濯物の取り込み、お風呂掃除なども子どもで分担しています。こういう家なので、受け入れてもらうしかない。私の住む中目黒では、飲食や美容のお仕事など、遅くまで両親が働いている家庭が少なくないんですね。うちだけじゃないのだとわかった。保育園や学童クラブで知り合ったそういう人たちと助け合いながら子育てをしています」

 疲れてヘトヘトでも、真夜中、おやつの大学芋を揚げる。

「留守番の子どもにお金を渡して買ってきなさい、というのはしたくないので」

 休日はピザや餃子を生地から作り、子どもたちとワイワイ言いながら食べるのが楽しみのひとつだ。思春期に入るこれからは、もう少し子どもたちとゆっくりできる時間を増やしたいと語る。今まで、あまりに忙しすぎたからと。

「離婚、震災。人生にはどうにもならないことがある。でも、明るいシングルマザーでいたいですね。働くこと、生きることは楽しいと、私の姿を通して伝わったらいいなと思います。そうして、たとえままならないことがおきたときも、明るく、自分の力で人生を切りひらける人になってもらえたらと」

 はちみつでなく、黒砂糖で味付けした大学芋をいただいた。甘くて優しくて、ちょっと懐かしい。ああ、おいしいですねと思わず笑みがこぼれた。うん、たしかにこれは、心をなごませる料理だ。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

写真

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば 辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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