インタビュー

清川あさみさんと最果タヒさんが共感する“秘密の恋の歌”

  • 対談「千年後の百人一首」(後編)
  • 2018年1月9日

清川あさみさんと最果タヒさん(撮影・馬場磨貴) 

>>対談「千年後の百人一首」前編から続く

恋を禁じられていた女性の、秘めたる思い ―89番

――百首を作品にする中で、最も強く印象に残った歌は?

清川 私は式子内親王の秘密の恋を詠んだ第89番ですね。式子内親王は、百人一首の撰者(せんじゃ)とされる藤原定家と恋愛関係にあったんじゃないかと言われている女性で。

最果 巫女(みこ)さんで、恋を禁じられていたんですよね?

清川 そう。歌に出てくる「玉の緒」が魂を肉体につなぎとめておくための紐(ひも)という意味があると知り、それがすごくおもしろいなと。心も体も芯から求め合っている、秘めたる恋なので骨の部分だけでつながっていると解釈し、骸骨の男女が愛し合う絵にしました。歌の世界観とも、最果さんの詩ともとても合っていて、自分でもとても気に入っています。

 

89 式子内親王
  たまのをよ たえなばたえね ながらへば しのぶることの よわりもぞする

最果 詠み手は、好きな人への思いを誰にも知られたくないのにバレてしまいそうという、そのことを恐れている。好きな人に会いたいとか、思いを伝えたいとか、そういうことを望んでいるわけではなくて、ただバレたくないと思っている。もうそこまですり減ってしまったんだろうな、と思いました。体と魂をつないでいる糸が切れてしまえ、つまり、バレてしまうぐらいなら死んでしまいたいという「か細さ」が、この願いのささやかさにつながりました。その感覚を詩にできたらいいな、と思って訳していました。

清川 激しいけど、女の怨念みたいなドロドロした歌とは違うよね。

最果 この歌、忍ぶ恋をテーマにした歌会で詠まれたものなんですが、それがすごいなって。テーマを与えられて、とっさにこれを詠むって……。ずっと考えて、ずっと思って、ずっと絶望して、それでも忘れることはできなくて。そんな日々があったように思えたんです。訳すときは、「この歌は歌会で詠まれた」ということも、だからずっと気にしていました。

逢坂の関を行き交う人と、都会をさまよう金魚 ―10番

清川 その人になりきり、シチュエーションや状況まで踏まえて訳しているのはおもしろいですね。最果さんが一番印象に残っている歌は?

最果 琵琶の名手だったという蟬丸が詠んだ第10番の歌です。

清川 私もこの歌、好き!

 

10 蟬丸
  これやこのいくもかへるも わかれては しるもしらぬも あふさかのせき

最果 「逢坂の関」という関所を人が行き交う様子を見て詠んだ歌ですが、昔の人にとって「知らない人」ってどういう感じなんだろう? と思って。今はネットとかがあるので、世の中には知らない人がたくさんいて、色んな界隈(かいわい)に色んな人がいると実感できる。でも、この時代は身分や住んでいるところが違うだけで接点がなく、もう永遠に会わないかもしれない。そういう人たちが逢坂の関で偶然すれ違うということが、すごく特別に思えたんです。

 一方で、そういう感覚は現代にもあって。それぞれ色んな事情や感情を抱えている人たちが、今この瞬間この交差点ですれ違っている、という感覚です。自分という人間もほかの人から見たら本当にささやかな、一瞬だけ見えた存在でしかない。そうした現代を生きる私たちの感覚も込められたらと思って書きました。書き終えたら清川さんの絵が届いて、すごく感覚が似ていて驚きました。金魚がいいですね。「一瞬」という感じが出ていて。

清川 逢坂の関での「一瞬」のすれ違いが、すごく都会に似てると思ったんです。私は故郷の淡路島から東京に出てきたのですが、都会では出会いと別れが繰り返され、幸せと切なさの瞬間が常に隣り合わせにある。その感覚を絵に表したかった。

 実は金魚の背景は、自宅から見た都会の夕焼けを撮影した写真を使っているんです。すごく切なく感じる光景で、その瞬間を切り取りました。金魚は無常感を出したかった。短命で生死の境をいつもさまよっている感じがして、そんな金魚が都会をふわふわと漂っている。それを表現したら最果さんの詩が届き、ものすごくしっくりきた。これは、最果さんとご一緒して本当によかったと思えた作品の一つです。

最果 それぞれが歌に向き合って、同じ「一瞬」を感じた。それってすごいなぁと思います。

女の子たちは「来ない、会えない、寂しい!」って、すごく分かりやすい

清川あさみ(きよかわ・あさみ) アーティスト。日本、淡路島生まれ。2001年初個展。2003年より写真に刺繍を施す手法を用いた作品制作を開始。2011年水戸芸術館にて個展開催。12年、東京の表参道ヒルズにて「美女採集」展ほか、展覧会を全国で多数開催。代表作に美女採集、Complexシリーズなど。絵本や作品集など著書も多数。様々な広告のアートディレクターとしても活躍中

――百人一首を通じ、千年前に生きていた人たちに感じたことは?

清川 女の子たちは「来ない、会えない、寂しい!」とか詠っていて、すごく感情的で分かりやすい。で、男の人は理想を歌う。

最果 女の人は待つことが多かったからかもしれないですね。待たされる現実が、ずっと目の前にある。

清川 男の人は、「女の人はこうあってほしい」とか理想を持ってたりする。女性の心情を男性が詠んだ歌もあるんだけど、女心は単純ではないのだよ、なんて思いながら作業してました(笑)。よく言えばピュア?

最果 ピュアでロマンチックな歌を詠むのは、だいたい男の人ですよね。

清川 作品にする際に、私は男性の歌の方が難しかった。男の人ってそのときの地位や社会との接点で物事を考える。そこがちょっと女性とは違うな、と。

やはり清少納言はただ者じゃない ―62番

最果 私は男女の違いというより、「この場でこの歌を返すなんて素晴らしく機転がきいてるね」系の歌が苦手でした(笑)。その最たる詠み手が清少納言です。彼女が詠んだ第62番は、前の晩にそそくさと帰ってしまった男友達が、翌朝「昨晩は鶏の声にせかされてさっさと帰っちゃったけど、ああきみのことが名残惜しいよ」なんて、まるで恋人みたいな歌を送ってきたところから、生まれたものなんです。

 

62 清少納言
  よをこめて とりのそらねは はかるとも よにあふさかの せきはゆるさじ

 昔は男の人が、夜に女の人の家に行って、朝帰った後「君が名残惜しい」なんて歌をよく詠っていたんですが、それをパロディー化したものですね。それに対して清少納言は、「あら、その鶏の声って、あの函谷関(かんこくかん)をあけたという孟嘗君(もうしょうくん)の鳴きまねですか? だってあなた、朝じゃなくて夜中に帰ったでしょ?」みたいな、故事と絡めたツッコミを返しているわけです。

 それでも男友達は、「ぼくの場合は、函谷関じゃなくて、あなたに会いたい、の、逢坂の関ですよ~」とさらに恋愛の歌っぽいネタを重ねて来て、だから、「ふうん? でも私の逢坂の関は、鶏の声なんかにだまされませんよ? 夜中にきたって開きませんからね」と返している。相手のウィットに乗っかってさらに上の手で切り返してくるなんて、これだけ機転がきいたら、そりゃあ友達も増えるわ、って思いました。

清川 やはり清少納言はただ者じゃない(笑)

最果 きっとすごく魅力的な女性だったんだろうな、って。清少納言のことが大好きになりました。あと、「現代ではピンとこない昔の常識」が含まれている歌も難しかった。たとえば参議雅経(さんぎまさつね)の第94番

清川さんの絵を見たとたん、衣をうつ音が聞こえた ―94番

94 参議雅経
  みよしのの やまのあきかぜ さよふけて ふるさとさむく ころもうつなり

最果 かつて栄華を誇っていた吉野の里の、今は荒れ果ててしまった寂しさと、秋が訪れた寂しさを重ね合わせつつ、その「過去」と「今」、両方に響いていたであろう衣を打つ音を詠むことで、過去にも今にも、そしてきっと未来にも続いていくであろう寂しさの、その果てしなさを描いているのでは、と思いました。

 衣を打つのは当時の習慣で、布を柔らかくするためにそうしていたらしいんですが……。でも、今はそうした習慣がないので、どんなに想像してもその音がぴんとこなくて。ずっと悩んでいたら清川さんの絵が届いて、見たとたんに、自分が考えていた「過去」と「今」が同時に迫ってきたように思えたんです。そして、「あ、音が聞こえた!」って。

清川 それは本当にうれしいですね。今回のすべての絵は「レイヤー感」を意識して作りました。スマホで撮影したモチーフや手書きしたスケッチをコンピューターで取り込み、まず絵を仕上げてから布に描いて、そこに刺繍(ししゅう)しました。日本以外の国の人たちにも百人一首がわかるといいなと、モチーフも台湾の風景があったりヨーロッパで撮影した写真の一部が入ってたり。そうしたものを重ねることで、時間も時代も場所も決めつけない。そんな作り方をしました。それは最果さんの詩の多くから感じたことでもあって。

最果 あと、苦手というのとはちょっと違うんですが、定家が秋と月が好きすぎて、それがしんどかった(笑)。

清川 わかる! また紅葉? また月?? って(笑)。最果さん、どうやって解釈を分けるんだろうと思ってました。

最果 「紅葉疲れ」したときは、とりあえず置いておいて「絵待ち」しました(笑)。やっぱり紅葉や、それを描いた屏風(びょうぶ)を見て詠まれている歌が多いので、清川さんの絵を見ると不思議と言葉が出てくるんです。清川さんの絵に助けられたことは何度もありました。

最果タヒ(さいはて・たひ) 詩人、小説家。現代詩手帖賞、中原中也賞、現代詩花椿賞。最新詩集「愛の縫い目はここ」(リトルモア)、エッセイ集「きみの言い訳は最高の芸術」(河出書房新社) 小説「十代に共感する奴はみんな嘘つき」(文藝春秋)ほか

――最後に、この本に寄せる思いをお願いします。

清川 百人一首という日本人なら誰でもきいたことのある古典作品を、もう一度見つめ直すきっかけになる本になってほしいな、と思っています。実は千年前の人の感情は近くて、めぐる季節も同じで、今を生きる私たちにもとてもリアルに感じることができる。そして、最果さんならではの現代語訳と、再解釈した私の絵札によって改めて百人一首の世界がおもしろく、身近に感じられると思います。

最果 千年の時を超えて考えていることが同じ、というのは本当におもしろいことだと思います。読んでいると、深く共鳴する感じがしてとても心地いいのです。百人一首の歌が、どんどん自分だけの大切な言葉に変わっていくような、そんな感覚です。

 教科書だと「正解はこれ」となるけれど、和歌に正解があるとするならば、その人が読んだそのときに感じた感情なのかなと思います。それが一番大切にすべき答えかもしれない。絵を見て詩を読み、自分の中でなにか「あ、わかる」「私もこの気持ち、知っている」と、響いている部分を見つけてもらえたらうれしいです。そうして、どんどん自分だけの歌の姿を作っていってもらえたらと。百人一首が好きな人はもちろん、これまで縁がなかった人にもぜひ読んでもらいたい1冊です。

(聞き手・構成 中津海麻子 原画撮影・朴玉順<CUBE>)

BOOK

写真

『千年後の百人一首』(リトルモア) 清川あさみ・最果タヒ 著

日本古典文学の最高峰に挑む。
これが、この世限りの、決定版「百人一首」。

清川あさみが布や糸・ビーズで描きおろした百の情景。
――今までの絵札とは全く違う、けれど歌に込められた思いを真摯に表現した一枚一枚は、新たな百人一首の姿を見せてくれます。

最果タヒによる、現代語訳にして新作詩。
――情感豊かな現代の言葉で綴られた新訳は、時に愛おしく、時に物悲しく、いまを生きる私たちの胸に刺さります。

巻末にはそれぞれの歌が詠まれた背景や詠み人についての丁寧な解説も収録し、ハンディな造本に、百人一首のすべてが詰まった一冊です。
税込1728円

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