上間常正 @モード

ドリス・ヴァン・ノッテンの映画から伝わるファッションと「情感」

  • 上間常正
  • 2018年1月12日

映画「ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男」より。右がドリス・ヴァン・ノッテン (C)2016 Reiner Holzemer Film-RTBF-Aminata bvba-BR-ARTE

 最初の頃はあまり評価が高くなかったのに、時を経ていつの間にかトップになった。ずっと同じことをしていたのに……。ドリス・ヴァン・ノッテンはそんなまれなタイプのデザイナーだ。彼の仕事ぶりとプライベートな生活を記録したドキュメンタリー映画「ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男」が今週末から公開されるが、その試写を見て「ああ、なるほど、だからなんだ」との思いを改めて強くした。

 1958年ベルギー生まれ。アントワープ王立美術アカデミーでファッションデザインを学び、1991年にパリのメンズコレクションに初参加。93年からはレディースのコレクションでも作品を発表するようになった。90年代はアントワープのこの学校から優れたデザイナーが輩出して世界的に注目を浴びたが、彼はその最初の世代の一人だった。

2018年春夏コレクションより。いずれも撮影は大原広和

 ちょうどその頃から海外のコレクションを毎シーズン取材するようになったので、ドリス・ヴァン・ノッテンのショーは最初から見ていたはずだが、あまりよく覚えてはいない。アントワープのデザイナーといえば、多くが前衛的なとがった作風が特徴だった中で、彼の服は色使いや生地の素材感、細部の仕立てに好感を抱かせるものだったが、強いインパクトには欠けると思ったからだろう。そのせいか彼にインタビューしたり、ショー後のバックステージで言葉を交わしたりしたこともなかった。

同コレクションより

 とはいえ、彼のショーにはなぜか心に残って後から時々思い出すことが多かった。ランウェーを細長い花園のように何万本ものバラの花でいっぱいにしたショー、またあるショーのフィナーレの、モデルの女性たちが朝日とも夕日とも思えるほのかな薄紅色の光を、静かに祈るように見つめていた場面……。

 映画ではまず、2015年春夏コレクションでモデルたちが苔(こけ)の群生した小路のようなランウェーを歩いたショーから始まる。服はリラックス感のあるゆったりとした形で、フィナーレで彼女たちみんながそのランウェーでくつろぐように寝そべってしまう。

2015年春夏コレクションより。撮影=大原広和

 続く2015年秋冬コレクションでは、ショー直前の舞台裏の様子のドキュメント。モデル一人ひとりの着付けに目を配り、テキパキと静かにスタッフへ指示を飛ばす。しかし、全員が不思議な統一感で動いているようで、ショー直前にありがちな騒音やあわただしさはない。

 インタビューでは「ファッションはむなしい言葉だ。私はもっとタイムレスな表現をめざしている」と彼は語る。1シーズンで消えてしまう服ではなく、「時が経っても別のテイストで着られる服。じっくり味わえる服を作ることが目的」だという。そのためには、人目を引くような新しい形は必要ない。「服を着ると別人にならなくてはいけない服はいらない」、「デザインする時は、入念な仕立て、完ぺきなシルエットのクラシックな服が頭の中にある」とも語る。かといって、新しさは必要で、「どんな生地を選ぶか、そしてディテールの部分では繊細な手仕事の工夫に力を込める」のだという。

ショーの最後にいつもカジュアルなスタイルで登場するドリス・ヴァン・ノッテン。2018年春夏コレクションより

 毎回ショーが終わるとすぐにアントワープのアトリエと自宅に戻る。映画で初公開された広い庭と木々に囲まれた自宅では、長年の公私にわたるパートナーである男性と庭の花を愛で、料理もこなす静かな時を過ごす。そうした生活のひと時も服作りの発想に深く結びついているに違いない。

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 映画を見て気づいたのは、彼の仕事の仕方と生活ぶりの中から伝わってくる情感の濃さだった。ドリス・ヴァン・ノッテンの過去のショーの思い出は、そうした情感に仲立ちされたものではなかったかと思う。彼がトップランクのデザイナーになったのは、今のファッションにはもうだいぶ前から情感が欠けていて、そのことに多くの人が気づいてきた、ということなのかも知れない。

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PROFILE

上間常正(うえま・つねまさ)

写真

1972年、東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。88年からは学芸部(現・文化部)でファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化学園大学・大学院特任教授としてメディア論、表象文化論などを講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

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