このパンがすごい!

住宅街でかくれんぼ、まるで絵本のなかのドーナツ屋さん/ハグジードーナツ

  • 文・写真 池田浩明
  • 2018年2月6日

■ハグジードーナツ(東京)

 もじゃもじゃ頭に丸メガネ、ドーナツ柄のエプロンをつけた男が、屋台でドーナツを売っていた。絵本の中から飛び出したような人。まつかわひろのりさんの印象である。彼は、聖蹟桜ヶ丘の店から10キロもあるイベント会場まで、なんと自転車で屋台を引いてきたという。

「僕、車の免許ないんで、こいでいくしかないんです。代官山まで(約30キロ)こいでいったことだってあります」

 こんな愉快な人の店ならば、どうしたって行くしかない。翌週、さっそくハグジードーナツを訪ねた。聖蹟桜ヶ丘駅から住宅街を歩いて、紅葉に彩られたうつくしい公園までくると、店はすぐ近くのはずだった。Googleマップを確認すると…。

「道がない!」

 地図上、ハグジードーナツへとつながる道路はない。家来の家にとりかこませた王様の屋敷みたいに、他の住宅に包囲されている(これを「隠れ家的」といわずしてなにが隠れ家的だろう)。もっとも、道はすぐ見つかったのである。住宅と住宅のあいだのわずかばかりの空間に、ブロックを置いただけの細い道が延びて、遠くのほうにぽつんと置かれた看板にようやく「HUGSY」の文字が見えた。

 まるで人の家にお邪魔するようだった。座敷にちゃぶ台とクッション。まつかわさん自身の手になるイラストのような看板。壁に貼られたドーナツ柄のテキスタイル(テキスタイル作家「gochisou」によるもの)。たくさんの本。だらだらしてください、といわんばかりの環境がそろっている。

 舞台装置もさることながら、私が惚(ほ)れたのはドーナツの食感だ。歯と顎(あご)を憩わせる最高のクッション。むぎゅっと抵抗すると思うと、ほろほろやさしく自ら崩れる感じ。じゅるっと溶けて、油と麦の混じった甘さの液体となり、グレイズの愉楽が加わると、もう食べるよろこびが爆発してしまう。

 ドーナツ本体を楽しいグレイズが色とりどりに覆う。グレイズの甘さはきちんと引き算されているので、小麦の味わいが明確に感じられ、それがだんだんあたたまって甘さが高まったとき、ドーナツは完結するのだ。

 ブリュレピーナツは、表面の砂糖を焦がしたかりかりがたまらない。ほろ苦いキャラメル味がとろけ、生地に混ぜ込まれたピーナツの香ばしさと、混然一体となる。

 コーヒーのドーナツ「Mr.ビーン」。コーヒー味は繊細にして、スリリング。ニュアンスの変化に満ちて、決して尖(とが)らないのだ。ふにゃーんと溶けてきた小麦の味わいがコーヒーと重なったかと思うと、やがて追い越していく。

ベリーベリードーナツ(右)とエリザベス。カフェオレとともに

 紅茶のドーナツ「エリザベス」。アールグレイのもつ柑橘(かんきつ)系の香りがふわーっと生地から放たれ、トッピングされたはちみつ漬けレモンの甘酸っぱさがヴィヴィッドに弾けたかと思うと、紅茶味の甘さを凌駕(りょうが)して、さながらレモンティーになる。

 ドーナツを作るのは、妻のゆみさん。ひろのりさんの役割はイメージすること。

「僕がドーナツのイメージを絵に描いて、それを元に彼女が作ります」

 レモンスライスがどんとのっかったこのエリザベスをはじめ、「ハートの女王」はまるごとのドライストロベリーがリズミカルに5個、「ロケットバナナ」はバナナ1本がどかん。そのほか、季節やイベントにあわせて、花、ポケモンのモンスターボール(!)などさまざまな形のドーナツが登場。ひろのりさんから次々に産み落とされる空想を具現化するゆみさんは大変だろう。

「びっくりしますよ。調理をしたことがないので、イメージだけで言ってきますから(笑)」

 書きためたアイデアスケッチを見せてもらう。銀河系がドーナツになった「銀河鉄道のドーナツ」、地球がドーナツになった「ガイアドーナツ」。絶対実現不可能なものばかりだろうと思ったら、「このヤマタノオロチは本当に作りました。エイプリルフールのネタで」。

 ハグジードーナツは本当に絵本から飛び出してきたドーナツ屋なのではないか。この楽しさはきっとそのせいだ。子供の頃、絵本の中に出てくるパンを本当に食べてみたくて仕方ないと思った、あの夢が実現しているではないか。まるで、ひろのりさんがドーナツをせがむ子供なら、ゆみさんはやさしいお母さん。夫婦仲良く、ずっとドーナツの夢を私たちに見せてほしいと思った。

ショーケース

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■ハグジードーナツ
東京都多摩市関戸2-18-7
090-6164-1916
11:00~18:00
土日祝のみ営業

https://www.hugsycafe.com/

>>「このパンがすごい!」でご紹介した店舗マップはこちら

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PROFILE

池田浩明(いけだ・ひろあき)ライター

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

BOOK

『日本全国 このパンがすごい!』(発行・朝日新聞出版) 池田浩明 著

写真

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