鎌倉から、ものがたり。

由比ガ浜通りに浮かぶ茶室「OKASHI 0467」(後編)

  • 文 清野由美 写真 猪俣博史
  • 2018年2月9日

>>OKASHI 0467(前編)からつづく

 鎌倉・由比ガ浜通りにある洋菓子店「OKASHI 0467」は、1階の奥と2階がカフェスペースになっている。

 入り口から延びる露地のような通路と、その先にある坪庭。漆塗りを思わせる階段を上ると、2階にもガラス壁の向こうに坪庭。その意匠によって、空間がまちの中に浮いているような感覚を味わえる。

 「洋菓子を売る店ですが、日本人として茶室のモチーフも使いながら、和と洋、古と新、というように、さまざまな要素を融合し、鎌倉らしい空間にしたかったのです」

 そう語る加藤圭吾さん(49)は、同店のオーナーであり、設計を手がけた内装デザイナーでもある。加藤さんは、鎌倉の真ん前で生まれ育った生粋の地元人。その加藤さんが胸に抱く言葉がある。

 「景観とは、自分たちがそこで育ったという、人やまちの大切な記憶だと思います」

 古都・鎌倉は、海と山に囲まれ、歴史的な社寺だけでなく、由緒正しい邸宅が今もそこかしこに残る。とはいえ、加藤さんが10代のころは好景気を尻目に、住宅街を流れる滑川は濁り、昔ながらの駅前映画館や個人商店は次々と壊されていた。

 「古都ですから、寺社は残っているんです。でも、まちを形作っている古い民家などは、だんだんと消えていく。ある日、角にあった家がなくなっていて、まちの景色が一変している。そういう光景を見るたびに、とても残念な思いを味わいました。ときを経たものを残すことは大変ですが、壊すのは一瞬です」

 2005年に「OKASHI 0467」をオープンしたときは、古い建物を簡単に取り壊す風潮に、少しでも風穴を開けたかった。同時に、一過性の観光客ではなく、地元の住人が「行きたい」と思える場所をつくりたかった。

 その思いがさらに大きくなったのは、11年3月11日に、東日本大震災が起こったときだ。計画停電ですっかり人通りが途絶えてしまった長谷、由比ガ浜通り界隈(かいわい)で、ご近所同士が情報を交わし合う場所がないことを痛感した。加藤さんは仲間を募り、震災の1週間後に「朝市」を企画。外出を控えていた住人がまちに出てきて、「話せてほっとした」と喜んでくれた。

 同年、長谷、坂ノ下、由比ガ浜を中心に、鎌倉・長谷商店主有志の会「鎌倉はせのわ」を発足し、観光や店舗情報とともに、鎌倉の歴史と文化、街の人たちを伝えるポータルサイトを立ち上げた。それ以前から、鎌倉市観光協会の理事に就任し、国際観光都市としての鎌倉のまちづくりに力を傾けていたが、地元商店街の振興にも、より積極的に取り組むようになった。

 長く鎌倉で暮らしながら、まちには「回復力」もあることを、加藤さんは実感している。

 かつて川面の濁りを見つめた滑川は、今、きれいな流れを取り戻している。環境に負荷の大きい生活を見直そうと、市民や行政が努力したことの結果だ。若い世代が現れたことで、木造の街並みも、新しい価値をもって再生されるようになった。

 「ひとつのメッセージが、世の中に受け入れてもらえるまでは、10年単位の時間が必要です。迷うこともあるけれど、それでも、僕が『0467』をつくった後に、まちには古い建物を生かした店が増えました。発信を続けていきたいですね」

 「OKASHI 0467」のケーキには、そんな加藤さんの矜持(きょうじ)も込められている。

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PROFILE

清野由美(きよの・ゆみ)

写真

ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

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