東京ではたらく

<20>黒崎由衣さん(30歳)/古書店経営

  • 文 小林百合子 写真 野川かさね
  • 2018年2月8日

  

職業:古書店経営
勤務地:三鷹市
勤続:4カ月目(書店員歴は8年)
勤務時間:12時~20時
休日:火・水曜日

この仕事の面白いところ:今を生きている人と対話でき、今は亡き写真家とも対話できるところ
この仕事の大変なところ:店にまつわるすべてをひとりでやらなくてはいけないこと

    ◇

 吉祥寺・井の頭公園のそばに写真集専門の書店を開店して半年ほどになります。扱う本の多くは古書で、ちらほら新刊書籍があるという割合。小さなギャラリースペースがあって、定期的に写真家さんの展示などもやっています。

 書店で働き始めたのは23歳ごろからで、新刊書籍を扱う店で5年、その後神保町の古書店で3年働いて、2017年の10月に夫と「ブック オブスキュラ」を開店しました。

 本離れが叫ばれる昨今、古書店かつ写真集専門だなんてものすごいチャレンジだねと言われることもありますが、まあ確かにそうかもしれませんね(笑)。

 当初は神保町の古書店で働きながら写真集専門のオンラインショップをほそぼそとやっていたんです。いつかお金がたまったらお店を開きたいねなんて話しつつ。でも計画よりずっと早く理想の物件が見つかってしまって。それで、もう今しかない!ということで。

 ここは、以前は小さな印刷会社だったのですが、内見してみたら、床のあちこちにインクの染みがついていて。ああ、紙とともに生きてきた場所なんだと思ったら、すごく愛着がわいてしまったんです。古書店も同じく紙を扱いますから、すっとなじんでくれるんじゃないかと思ったんです。

 店は吉祥寺駅から歩いて10分ほどで、駅前の繁華街とはうって変わって、静かな住宅街。商売の観点からしたら駅から遠いのは不利ということになりますが、逆に私はできるだけ駅から遠いほうがいいと考えていて。

できるだけ開店資金を抑えるため、塗装は夫や友人らと施し、レジ棚などもDIYで作った。大きな窓からは展示中の写真が見える

 写真集って、せわしなく見てもなかなかその魅力を感じられないと思うんです。だから、せっかくならゆっくり時間をかけ味わってほしい。時間に余裕があるときに、てくてく駅から歩いてきていただけたらなって。

 駅から店までは井の頭公園の中を通るので、行きはお散歩がてら。帰りはその日見た写真集や写真展の余韻を感じたり、心に刻むような時間になればいいなと。

 私は浅草の出身で、実家は雷門のすぐそば。いつも観光客でにぎわっていて、日常のスピードがものすごく早かったんですね。家は着物などを扱う商売をしていて、親戚やごひいき筋など人の出入りが激しくて。そんな環境で育ったせいか、私にとっても今の店に流れる時間はすごく心地がいいんです。

 平日はご近所のママさんたちがよく立ち寄ってくれるんですが、朝、子どもを学校へ送り出して、駅前で夕飯の買い物をして、子どもたちが帰ってくるまでの1時間をここでコーヒーを飲んで過ごすなんていう方も多くて。そんなふうに地元の方がふっと肩の力を抜ける場所になれているのかなと思うと、すごくうれしいですね。

 本屋さんになりたいと思ったのは大人になってから。それもやや成りゆきみたいな感じで。服を生業とする家で育ったので、小さな頃から祖母や母からは「服は買うものじゃなくて作るもの」と聞かされて育ちました。小学校くらいの年からは自分で上履き入れを縫ったり、スカートなんかも作っていました。

平台には展示のテーマに関連した写真集が。「大きな写真集でも広げて見られるよう、ゆったりしたスペース作りを心がけています」

 そんな環境なので、物心ついたときには自然と自分が進むのは服の道だ、それしかできないと思っていて。高校は服飾専門の学校に進学しました。もしかしたらどこかで家を継がなくちゃと思っていたのかもしれませんね。

 ふつうならそのまま服飾の専門学校なんかに行って服の世界に進んでいたと思うのですが、人生を大きく変える転機となったのは「旅」でした。

 はじめてひとりで旅をしたのは韓国へのひとり旅。着物や浴衣に囲まれて育ったこともあり、日本以外の国の民族衣装を見てみたいというのが動機でした。

 20歳そこそこの女の子がひとりで海外を旅するのは確かに危ないこともあるかもしれません。でも、とくに母は幼い頃から「なんでもひとりでできるようになりなさい」という方針の人で、そのときも快く送り出してくれました。

 でも問題はじつは別にあって、私はてっきり韓国に行けばみんなチマ・チョゴリを着て歩いていると思っていたんですね。なんて単純!(笑)。まあもちろんそんなことはなくて、みんなフツーの洋服。来てみたはいいけど、英語も通じないしハングルもまったく読めないしで途方に暮れてしまったんです。

床は以前の印刷会社のときのまま。重い印刷機材を置いていた場所には金属が貼られている。「インクの染みもいとおしくって」

 そこで思いついたのが、中国だったら漢字だし、なんとかなるかもというアイデア。きっとチャイナドレスも見られるだろうしということで、これまた見切り発車的に、船で上海に渡ったわけです。

 それからはもう怒濤(どとう)の旅というか、ゆく先々で出会った人に家に泊めてもらったり、最終的には中国で出会ったモンゴル人家族のつてをたどって、モンゴルの遊牧民族の村まで足を伸ばすことに……。

 遊牧民の村では伝統的なテントに泊めてもらって、馬の乗り方や、羊のしめ方、さばき方など、たくさん経験させてもらいました。動物を殺して食べるってこういうことなんだ……とか。とくに忘れられないのは、その家族のおじいちゃんと過ごした時間です。

 一緒に馬に乗っていたとき、「あっちに行けばロシアで、こっちに行けば中国だよ」と教えてもらって。当たり前のことかもしれないけど、そうか世界はずっと遠くまでつながっているんだなって。

 インドやミャンマーの人々のことについても話してくれて、いつか絶対そこへも行ってみたいと思うようになりました。1カ月ほどの旅でしたが、それが私にとっての原点というか、その後の人生の核のようなものになったんじゃないかなと今は思います。

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PROFILE

小林百合子(こばやし・ゆりこ)編集者

写真

1980年兵庫県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、アラスカ大学フェアバンクス校で野生動物学を学ぶ。出版社勤務を経てフリーランスに。山岳・自然をテーマに雑誌や書籍の編集を手がける。2010年に女性向け登山雑誌『Hutte』(山と溪谷社)を立ち上げ、独自の視点で登山や自然の楽しみ方を提案した。著書に『山と山小屋』(野川かさねと共著、平凡社)、『山登りのいろはーたのしい登山のヒント集』『一生ものの、山道具』(ともにホシガラス山岳会著、パイ・インターナショナル)など。

野川かさね(のがわ・かさね) 写真家

写真

1977年生まれ。神奈川県出身。雑誌、書籍で活動するかたわら、ライフワークとして山を撮り続ける写真家。著書に『山と写真』(実業之日本社)、『山と山小屋』(小林百合子と共著、平凡社)、『山登りのいろはーたのしい登山のヒント集』『一生ものの、山道具』(ともにホシガラス山岳会著、パイ・インターナショナル)など。

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