東京の台所

<162>4人から2人へ。リフォームで仕切り直す人生

  • 文・写真 大平一枝
  • 2018年2月7日

〈住人プロフィール〉
会社員(女性)・62歳
戸建て・4LDK・大江戸線 新江古田駅(練馬区)
築年数28年・入居28年・夫(69歳・会社役員)とのふたり暮らし

結婚18年で、主婦からフルタイムの自営業者に

 現在36歳の次男が高校3年のときまで、専業主婦だった。それまで夫は中野区で、業務用の厨房(ちゅうぼう)設備の施工や厨房用品を扱う店を営んでいた。義父が興した会社の2代目だ。

 創業56年目。夫は、業務用食器や厨房機器の機能性の高さ、耐久性、価格のやすさに着目し、家庭用にも販路を広げようと考える。
 「家庭用の台所道具の店をやろうと思うんだけど、手伝ってくれない?」
 「いいよ!」
 即答だった。当時の気持ちを述懐する。
 「一般ユーザー向けの店をやりたいという夫の考えに共感したので。私は福岡から上京し、大学進学、卒業後に、23歳で結婚しました。結婚までのわずかな期間にアルバイトしかしたことがなく、社会を知らない怖いもの知らず。だからこそ、容易に引き受けることができたのかもしれませんね」

 夫のもくろみは見事的中。メディアにも紹介され、開店まもなくから多忙を極めた。
 それまでの彼女は、実家の母がそうだったように、家族が快適に過ごせるよう家事に専念してきた。2歳違いの男児にも恵まれ、まさか結婚18年目にフルタイムで働きに出るとは、想像もしなかった人生だ。

 「でも、やるからには、主婦のお小遣い稼ぎとか、主婦の片手間にやっていると絶対思われたくなかった。だからもう必死でした。私、その頃って記憶が無いんです。あまりに、いっぱいっぱいだったので」
 仕事は朝8時から夜8時まで。時には帰宅が深夜になることもあった。店頭の接客のほかに、通販商品の梱包(こんぽう)や発送作業もある。さらにオリジナルグッズの企画開発も。デザイナーやスタイリスト、職人との打ち合わせが続き、毎日、目の前の仕事をこなすのに精一杯だった。

 「店から家は徒歩20分ほど。終業後の帰宅の頃にはヘトヘトで、台所に立つ気力が残ってなくて。最初の2カ月は毎日外食か、買って帰りました」

 次男の反抗期が始まったのは、そのことと無縁ではないだろう。だが、最初に、外食やできあいの総菜の食卓に悲鳴を上げたのは、彼女自身だった。料理好きの母のもとで、幼い頃から手間ひまかけた四季折々の献立が並ぶ食卓で育った。料理によって、あごだしや昆布など、だしのとり方も変える。夏はガラスの鉢に、秋は庭からもみじを摘んで器に添える。

 完璧主義の母に、やりすぎだと感じた頃もあったが、今はあの味、器、盛りつけが恋しい。
 記憶もないほど疲れ切りながらも、味が濃く、画一的な外の味に、滋味あふれる手料理で育った舌が耐えきれなくなったのだ。
 「おなかが減っても食べたくないのです。飽きてしまったんですね。だしからとった自分の料理が食べたくなりました」

リフォームの本当の目的!?

 そこから、時間がないなりに工夫を重ね、試行錯誤の生活が始まった。
 だしは休日にまとめてとり、冷蔵庫へ。小松菜やホウレン草など葉物は下ゆでして1回分ずつビニール保存袋に入れて冷凍。時間のかかる根菜類の煮物も休日にコンソメで煮ておく。
 「肉や炒め物の付け合わせに、根菜のコンソメ煮は重宝でした。ローリエを加えればさらに洋風になりますし、ハンドミキサーでポタージュにしてもおいしい。夜はどうしても手早い炒め物中心になりますが、それらのサイドメニューをうまく使ってなんとかバランスをとっていました」

 憧れていたが、安くはないのでためらっていた秋田杉のおひつも思い切って購入した。

 「おむすびを入れておくと、ラップに包まなくても夜までしっとり。なのにベトベトせず、本当においしいんです。息子たちのために、朝、塩むすびをにぎっておひつに入れ、出かけることもよくありました」
 台所用品についてはプロだけに、長持ちする機能性の高い道具を選ぶ目は確かだ。
 買い物をする時間がないので、食材は生協を利用した。
 家のことはしなかった夫も、自然に家事を手伝うようになり、洗濯と皿洗いは彼の担当になった。

 気がついたら、不機嫌で口もきかなかった次男が、いつしか穏やかないつもの彼に戻っていた。大学生になると、発送のアルバイトを手伝い、さらに両親の仕事に協力的に。
 「バイトをしたときから明らかに態度が変わりました。理由は聞いていませんが、私たちの仕事の大変さを垣間見たからかもしれませんね」

 専業主婦からフルタイムの接客業へ。家事との両立だけでなく、仕事の場でもとまどいや、苦しいことはあったのでは──。そうきくと、彼女は誇りに満ちた表情で答えた。

 「じつはその逆なんです。たとえば、うちでは厨房用の鉄製のフライパンをオリジナルで作っています。それを家庭用で使う方に、“錆(さ)びた”とどなりこまれることもあります。“鉄は錆びるものです、私も経験があるからわかります”と言える。強火で使わずよく温めて使わないと、どんないい鉄板でも焦げ付いたり、こびり付いたりします。また使用後は水分をのぞかないと錆びますと、自分の経験から堂々と伝えられます。子育てをしながら料理をしてきたことが、全部仕事に生きています」

 それは、自分でも想像していなかったことだ。また、商品開発でも、彼女の経験はおおいに生かされている。
 「ステンレスは1層だと、煮物をしたときにアクの膜が焼き付いて洗いづらいのです。だから、うちの店のものは3層にしました」
 使いやすさだけでなく、洗いやすさも重視するのは、専業主婦時代の生活実感から生まれた視点である。

 あれから17年。息子たちはそれぞれ独立し、長男は自分の家庭を持ち、孫も生まれた。
 2年前、台所とリビングをリフォームした。クローズからオープンキッチンに。加齢を見据え、少しでも家事の負担を軽くするため、シンクやカウンターを掃除がしやすいステンレスにした。

 だが、リフォームの本当の目的は、使いやすくするためだけではないようだ。
 「ずっと家にいると思っていた息子たちが巣立ち、急に夫婦2人になってちょっとさみしくて。ビデオやCDや本。リビングには子どもたちの持ち物が溢れていたので、それを処分したくてリフォームをしたようなものです」

 2人分の食材がゆったり並ぶ冷蔵庫や台所全体から、これから夫婦2人で生きていくのだという覚悟のようなものが漂う。
 「子どもの気配がわかるものを置きたくなくて」と笑う住人の横顔から、4人から2人に変わった今の生活に、まだ少々戸惑っているらしいことが窺えた。

 ほんの少しの寂しさを抱えながら立つ、60代からの新しい台所。彼女だけでなく、多くの人が通る道だ。
 もう、おひつに満杯に塩むすびが並ぶことはないだろうが、ありったけの力で走りきった母としての日々は、この空間と、息子たちの脳裏にきっと刻まれている。
 ピカピカ輝くステンレスの新しい台所は、子どもと暮らした日々への前向きな決別であり、頑張った日々へのご褒美でもある。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

写真

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)ほか。最新刊は『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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