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私立探偵・沢崎が14年ぶりに復活。『それまでの明日』

  • 文・間室道子
  • 2018年3月12日

撮影/馬場磨貴

  • 『それまでの明日』原 尞・著 早川書房 1944円(税込み)

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 ここのところ日本は「帰ってきたブーム」。野球選手がメジャーから日本球団に戻ったり、怪我から復帰したフィギュアスケーターが金メダルを獲ったり、バブル時代のアイドルの歌で女子高生が踊りまくったり。これは「リベンジ」とか「温故知新」にドラマを見て取るのが好きなわれわれ特有かと思ったけど、海外でもリターンズとかパート2と称し、たくさんの映画の続編が作られているし、いろんなジャンルで「カムバック」という言葉に胸を熱くするファンは世界共通だろう。

事件は赤坂の料亭
女将の身辺調査から

 本の世界では、著者のデビュー作であり、主人公の私立探偵・沢崎が初登場した『そして夜は甦る』が絶賛され、第2作『私が殺した少女』が直木賞に輝いた原尞の最新作が刊行され話題になっている。シリーズは2004年が最後だったので14年ぶりの復活だ。

 作品の連続化や再開は作り手にとって賭けだと思う。続編の失敗や「前作を超えていない」はあらゆるジャンルで聞かれる声だし、「帰ってきた」を成功させるには「待っている人」が必要なのである。

 最新作『それまでの明日』のページをめくり、押し寄せてくるのは圧倒的な安心感だ。既刊5作を知らない人でも、ハードボイルド好きなら「黙ってこの流れに身を任せれば、すごい世界に連れて行かれるムード」が最初からもう漂いまくり。

 西新宿のうらぶれた通りにある沢崎の事務所にやってきたのは、まぎれもない紳士だった。金融会社の支店長という名刺を出した彼の依頼は、融資を予定している赤坂の料亭の女将の身辺調査というありきたりのもの。しかし調査対象は死者で、依頼人までもが消えてしまったことから沢崎は不可解な事件に巻き込まれていく。

 ハードボイルドで孤独な探偵の心に入りこむものといえば美女か少女がおきまりだけど、本書では若い男であるのがいい。物語の冒頭で沢崎はある青年と出会うのだが、師弟関係や守る者・守られる者ではなしに、年上の探偵と青年は淡々と行動を共にする。それがすごくフレッシュ。

 本作を象徴するのは、沢崎になぜうちを選んだのかと聞かれた紳士が、時々探偵事務所の看板を見上げていた、と語るシーンだ。「五年経っても十年経っても、前の通りから見上げると、何事もなかったようにいつもちゃんとそこにある。夜分に通ったときに、窓に明かりが点(つ)いていることがありましたから、看板だけが残っているようなものではないこともわかりました」

 沢崎の明かりが点き続ける限り、ファンは、日本のハードボイルドは生きていかれる。原先生、続きはないんですか? あるでしょう! あれ!!と思うのは私だけではないはず。

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PROFILE

間室道子(まむろ・みちこ)

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代官山 蔦屋書店の文学コンシェルジュ。雑誌などで書評連載を多数持ち、年間700冊以上読むという「本読みのプロ」。お店では、間室手書きPOPが並ぶ「間室コーナー」が人気を呼ぶ。

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