明日のわたしに還る

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INTERVIEW

大草直子さん「おしゃれもキャリアも、ピークを60歳に持っていく」

  • スタイリスト
  • Naoko Okusa
  • 2018.3.29

 大草直子さん。人気スタイリストであり、40代以上の女性をメインターゲットにしたウェブマガジン、「mi-mollet(ミモレ)」の編集長でもあり、さらに企業とのコラボレーションや自身でプロデュースしてきた商品も数知れない。
 毎日のワードローブや家族のスナップ、生活のワンシーンなどを切り取ったインスタグラムのフォロワー数は12万人を超え、20代からミドルエイジまで幅広い女性に支持されている。
 とはいえ、大草さんは華やかな世界を順風満帆に歩いてきたわけではない。数々の転機を自ら作り出し、幼い子どもを抱えながらがむしゃらに働く30代があったからこそ、今がある。

インタビュー 宇佐美里圭 / 写真 鈴木愛子

 大草さんが最初に就職したのは婦人画報社(現ハースト婦人画報社)だった。入社半年で、学生時代から憧れていたヴァンテーヌ編集部に配属された。

 編集者になるのが中学生からの夢だったという。「無鉄砲に見えて意外と計画をたてていたんですね」。立教大学を選んだのは、当時女性が出版社に入りやすい大学で、家からも近かったから。就職活動で自分の強みを作るために、サークルに入ってやったことのない球技をやり、マスコミセミナーにも早くから通っていた。

 「私、いつも選択肢は一つしかないんです。つまり、できないことが多いということ。9のことはできないけれど、1のことはできる。だからそこに賭けるしかないんですよね」

 しかし、大学4年間を通して入念に準備してきたにもかかわらず、婦人画報社は最終面接で落とされてしまう。就職浪人をするしかない……とあきらめていた矢先、ふいに追加募集がかかり、最後の最後にすべりこんだ。「ひっかかった指の握力でつかんだような入社でした」と大草さんは笑う。

 大草さんが面白いのは、そこまでして手に入れたポジションをいとも簡単に手放し、あざやかに次のステージに移ってしまうこと。

 5年ほど働くと、大草さんはサルサダンスに夢中になり、会社を辞めて南米へ旅立ってしまった。27歳の頃だった。

 「その頃はいろいろな選択肢がありました。婚約者と結婚するか、そのままヴァンテーヌで働き続けるか、フリーランスになるか、はたまたスカウトされていたPR会社で働くか……その中で、私はとにかく今はダンスだ! って思っちゃったんです(笑)。先生になりたいというわけじゃなく、とにかく南米に行って踊りたい、というだけ。怖いでしょ(笑)。でも絶対にやりたいことをやろうと思って、ダンスを選びました」

 もちろん両親は大反対。特に銀行員だった“典型的なミドルクラスのまじめな父親”からは、ものすごく反対された。最後には言っても聞かないだろう……と半ばあきらめられての南米行きだった。

流れに乗るのを大事にしようと思っていた

 最初に向かったのは、高校時代に留学していたアメリカ。そこからドミニカへ飛んで新年を迎え、メキシコ、キューバ、フロリダ、ブラジルへ……。帰国する日は決めておらず、「行けるまで行こう」という行き当たりばったりの旅だった。

 「流れに乗るのを大事にしようと思っていたし、そもそも私、不安があまりないんです。今は養う家族がいるのでちょっと違いますが、それでもほとんどありません(笑)」

 そうやって大草さんは毎日気ままに過ごしていたが、半年ほど経つと、「祖母が倒れたから帰ってきて」と日本から呼び出しがかかった。

 

 帰国すると、今度はプライベートで大きな転機が待っていた。婚約者との結婚、そして妊娠だ。「たぶん、それがなかったらすぐにフラフラと南米に戻っていたでしょうね」と大草さんは当時を振り返る。

 28歳で第一子を産むと、大草さんはすぐに出版社にブックを持って売り込みにいった。ここからがフリーランスとしてのキャリアのスタートだ。光文社の『CLASSY』に採用されると、雑誌の仕事をこなしながら、PR会社のリリースのライティング、経済誌のインタビューなどくる仕事はなんでも拒まず引き受けた。

 「今は名刺の肩書きにエディター、スタイリストと入れていますが、当時は肩書きなしで名刺を作っていました。なんでもやります、という私の意思表示だったんです。5年くらい働いていれば、そのうち人が私の肩書きを決めてくれるだろう……と。そうこうしているうちに、スタイリストブームが来て、『スタイリスト』と呼ばれることが多くなってきました。いろいろやっていた仕事の中で、スタイリングだけが時代の流れの中で飛び出していった、という感じですね」

 大草さんの30代は波瀾万丈だ。フリーランスとしてキャリアを再スタートし、無我夢中で仕事と子育てに邁進しているうち、単身赴任中だった夫とはすれ違いが増えて30歳で離婚。32歳で今のベネズエラ人の夫と再婚し、長男を出産。38歳で次女を出産している。

 同時期に仕事では雑誌『Grazia』(休刊中)の巻頭ページを担当するようになり、『VERY』『Oggi』などの女性誌にも活躍の場を広げた。さらに37歳で初めての著書を出版し、10万部近くの大ヒット。38歳のときに『GRAZIA』の編集長に頼まれて始めたブログ連載をきっかけに、ネットの仕事が飛躍的に増え、イベントや企業とのコラボレーションなども手がけるようになっていった。

 「30代は忙しすぎて、記憶がほとんどないんです。小さい子どもが3人もいて、仕事も新しいオファーがどんどん増えて……夫が家にいる決断をしてくれたから乗り越えられました」

加齢って、年齢をいただくことだと思うんです

 10年ほど『GRAZIA』に携わった後は、『マリソル』、そして『DRESS』のファッション・ディレクターにも就任した。一つの仕事場にこだわらず、時機がくればさっと次にステップを進める鮮やかさは、おそらく大草さんの才能の一つなのだろう。

 「潔いとはよくいわれますね。いつも新しいことをやっていたい性格なんです。開拓されたやわらかい土の上を歩くのはいや、石がゴロゴロしているところを開拓したい、というフロンティア精神が強いというか……。誰も見たことのない景色を見たい、という気持ちがあります。それが自分には向いているんでしょうね。芽を育て、花を刈り取ることが向いている人もいれば、力いっぱい開墾することが向いている人もいるということでしょう」

 大草さんはそう話しながら、「飽きっぽい性格もありますけど」と笑って付け加えた。だから、常に自分自身に飽きないよう、フレッシュでいられるように気をつけているのだという。

 「加齢って、年齢をいただくことだと思うんです。1年いただくごとに、経験が増え、外見的にも変わっていきます。それを“老化”や“劣化”と呼ぶ人もいるけれど、どちらにしろ変わっていくことだから、私は年をとることが飽きないんです。40過ぎてアンチエイジングのシャンプーやスキンケアを使い始めたんですが、どんどん自分が変わっていくのが面白くて。まだまだ伸びしろがあったんだ! って(笑)」

 好きな服を着ていたいから、サイズが上がることは気にしない。体重計にも乗らない。多少太っても気にしない。それよりも、そのときどきの年齢の体で、自分が好きなパーツを2カ所見つけ、そこを大事にする方がいい。何よりも大事なのが、いつも楽しく笑っていること。「それが一番のアンチエイジング」と大草さんは言う。

 「文句を言うくらいだったら、辞めよう! という気持ちはいつもあります。だから5年くらいで私は仕事を変えたり、新しいステージにいくのかもしれませんね(笑)」

 変化を好む大草さんの人生は、当然ながら転機が多いが、大きな決断をするとき、どういうことを考えるのだろうか?

 「私は5年後のことを必ず想像するようにしています。どういう時間の流れの中で、どういう風にしていたいのか。 具体的に想像してみるんです。そうすると、あ、いま決断しなきゃいけないんだな、とタイミングがわかるようになります。人によって変化のタイミングは3年ごとかもしれないし、7年ごとかもしれない。でも、これまでの人生を振り返ってみると、かならずその人なりの節目やタイミングがあるはずです」

 とはいえ、何かを辞めて新しいことを始めるとき、それまで手にしていたものを「捨ててしまう」ような感覚に陥り、怖くて尻込みしてしまう人も多いだろう。でも、大草さんは言う。「捨てるんじゃないんです。ただ単に手の中にあるものの、優先順位が変わるだけ」。

 そんな大草さんだからこそ、遊学、転職、結婚、離婚と大きな転機を繰り返し、よりフレッシュに、年齢を重ねるごとに輝きを増してきたのだろう。変化が怖くてじっと同じ場所で根をはやし、徐々にひからびていく……ということの方がよっぽど怖いことかもしれない。

37、8歳の頃って、まだ迷っている顔をしていました

 大草さんはこの1月に、エッセイ『毎朝3分で服を選べる人になる』(光文社)を出版したばかり。4月には久しぶりにスタイリングの本も出す予定だ。

 「37歳で最初のスタイリングの本を出した後、しばらく迷っている時期があって……。40代に入ると、髪の質感、肌、体型などがそれまでと明らかに変わってきます。だから当然似合うものも変わってくるのに、自分の中で答えが出ないままでした。そんな状態で本を書くことはできず、しばらくスタイル本は出していなかったんです」

 でも、45歳になった今、答えが見えてきた、という。

 「昔と今の写真を見比べると、今ははっきり中年になったなと自覚できます。37、8歳の頃ってまだ迷っている顔をしていました。何者でもない顔をしていて、中途半端なんです。45歳で撮った写真ははっきりと首に影が入っていたり、顔立ちがそげたりしているんですが、今の方がダンゼンいいと思いました。負け惜しみじゃなくて、ちゃんと年を重ねている感じがするというか……。

 前々から言っているんですが、人生100年の時代、60歳でキャリアが終わることはありません。だからおしゃれもキャリアもピークを60歳に持っていくべきだと思っていて。最近は60でなく、70歳といってもいいかなと思っているくらいです」

 そんな大草さんにとって、今の仕事は「まだまだ第2フェーズ」。「これから第3フェーズが待っているから、立ち止まっていられないんです」と言って、満面の“大草スマイル”を浮かべた。

PROFILE

大草 直子スタイリスト、「ミモレ」編集長

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1972 年生まれ 東京都出身。大学卒業後、現・ハースト婦人画報社へ入社。 雑誌の編集に携わった後、独立しファッション誌、新聞、カタログを中心にスタイリングをこなすかたわら、イベント出演や執筆業にも精力的に取り組む。現在はWEB マガジン「mi-mollet(ミモレ)」の編集長を務める。私生活では3児の母。
Instagram:naokookusa

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