花のない花屋

ここで泣いていた……子供を亡くしても気丈にふるまったパパへ

  • 花 東信、写真 椎木俊介
  • 2018年4月12日

  

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〈依頼人プロフィール〉

大原真寿美さん 33歳  女性
埼玉県在住
会社員

    ◇

 不妊治療をして授かった第一子に続き、その後2人を出産し、3人の子宝に恵まれました。

 3人の子育ては目がまわるほど慌ただしく、3人育児ってこんなに大変なんだと痛感しました。だけど家族5人。私の中でようやく“家族”という形が完成した気がして、幸福感に包まれたような毎日でした。

 けれども昨年9月24日、第三子の二葉が突然この世からいなくなってしまいました。この世に生を受けて、まだたったの7カ月。その日はお姉ちゃんの運動会で、朝ミルクをあげたあと、パパは場所取りで学校に行き、私はキッチンでお弁当を作っていました。そしてさあ出発!と、ベッドに行くと二葉はすでに息をしていませんでした。ほんの1時間弱、目を離していた間にさっきまで元気だった二葉が動かなくなっていたのです。

  “乳幼児突然死症候群”と言われましたが、いまだに詳しい原因はわかりません。私は悲しみのどん底を知り、生きていく意味を失い、毎日遺骨を抱えて泣き続けました。

 今もまだ泣いてしまう日があります。でも、時間とともに少しずつ前を向くことができるようになってくると、今度は夫への感謝の気持ちがあふれてきました。

 あのとき、上の2人の子どもたちをかまうこともできず、寝室にこもる私に文句も言わず、子どもたちにご飯を食べさせて学校へ送り出してくれたね。

 死亡宣告されたときも、葬儀のときもずっと支え、仏壇の前で泣く私にそっと寄り添ってくれたね。悲しみをパパにぶつけて、ひどいこともたくさん言ってしまった。でも、パパも悲しくてつらくて、本当は泣きたかったよね……。

「3番目は特にかわいいよなー。みんなはふーちゃんって呼ぶけど、俺はふーさんって呼ぶ」と言って、いつもふーさん、ふーさんって本当によくかわいがっていたよね。パパもご飯がのどを通らなくなっていたのに、一番悲しみの中にいたときに、家族のために仕事に出てくれてありがとう。

 この間、パパの車を運転したら、サンバイザーに挟んである写真のふーちゃんに見つめられたよ。パパは、いつもここで泣いていたんだね。

 いつかまた二葉に会える日まで、一緒にいてください。そんな気持ちと感謝を込めて、パパに花束を贈りたいです。天国にはきれいなお花畑と湖があるなんて聞いたけど本当かな……。二葉はこんなきれいなところにいるんだよ、とパパに教えてあげられるような花束を作ってもらえないでしょうか。淡い小ぶりの花をたくさん敷き詰めた、ふんわりとしたやさしい天国のような花束を……。二葉という名前なので、どこかに二葉を入れてもらえるとうれしいです。

花のない花屋

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PROFILE

東信(あずま・まこと)フラワーアーティスト

写真

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。http://azumamakoto.com

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