上間常正 @モード

老カメラマン、ビル・カニンガムが伝えること

  • 文 上間常正
  • 2013年7月19日

写真:ニューヨークではいつも自転車<br>写真はいずれも(c) The New York Times and First Thought Films.ニューヨークではいつも自転車
写真はいずれも(c) The New York Times and First Thought Films.

写真:街角のシャッターチャンス街角のシャッターチャンス

写真:「ビルは気に入らない服の時は目もくれないのよ」と語る米ヴォーグ誌のアナ・ウィンター編集長「ビルは気に入らない服の時は目もくれないのよ」と語る米ヴォーグ誌のアナ・ウィンター編集長

写真:ビルのスナップ作品ビルのスナップ作品

 いま全国の映画館で公開中の「ビル・カニンガム&ニューヨーク」が評判になっている。ニューヨークを拠点にファッションのスナップ写真を撮り続けているビル・カニンガムの活動を淡々と記録したドキュメンタリー映画だが、この米国人老カメラマンの仕事の仕方や生活ぶりから、優しげで凛とした一つの確かなスタイルが浮き上がってくる。この生き方が、仕事のジャンルや世代を超えて共感されるのはなぜなのか?

 ビル(ウイリアム・J・カニンガム)は、1929年生まれ。ハーバード大学を中退してニューヨークの広告業界で働いた後、帽子作りに転身。だが趣味で始めたスナップ写真が本職になり、それからもう50年以上にもなる。今は主にニューヨーク・タイムズに定期的なファッションのストリートスナップとコラムを掲載しているが、基本的には一匹オオカミとしてのフリーの立場をずっと守っている。

 経歴を書いてみるとちょっと勇ましい感じもする。だがパリ・コレクションの会場などでよく見かけた彼は、いつもカメラを持ってニコニコしている気さくなおじいさんという感じだった。作業服のような青い上着をいつも着ているので、最初のころは失礼ながら、会場掃除の人が作業の合間に趣味で写真を撮っているのだと思っていた。その彼が、ファッションの歴史におそらく大きな名を残すような写真家・ジャーナリストだとすぐに見抜けなかったことは、今思えば誠に恥ずかしいことだった。

 映画では、主に彼の主舞台であるニューヨークでのストリートスナップ取材の様子と、ほとんど誰も知らなかった彼のプライベートな生活ぶりを紹介している。移動手段は必ず自転車。例の青い上着に鳥打帽を前後逆にかぶって街中を走り回り、自分のめがねに合ったファッションスタイルを精力的にカメラに収める。「最高のファッションショーは、街にある」とビルは言う。何を撮るかはあらかじめ決めない。「ストリートが語りかけてくれるものにじっと耳をかたむけること。それが大切だから」

 雨が急に降り始めた時や雪の日には、いつもと違う人々の表情や動き方が生まれる。そんな時は、彼の写真の格好の的が増える。そこに何かしら新鮮な感じが漂うからだ。「よく分からないけれど、何かが変化していると感じるのだよ」。特にそう感じて撮ったものでも、意味のある写真になるのは10のうちやっと一つくらいだという。この事情は、パリ・コレの会場でのスナップでも同じこと。映画の中であるジャーナリストは「同じショーを見ているのに、彼は違うものを見いだしている。それが半年後に予想外のトレンドになる」と語る。耳に痛い言葉だ。

 ビルは夜の華やかなパーティーにも、自転車で精力的に顔を出す。だが写すのはあくまで自腹で買った服を個性的に着こなした相手だけ。どんなセレブだろうと、その原則に外れていれば決して撮らない。そのため、パーティー会場では食事やワインはおろか水一杯も口にしない。「置かれた状況から距離を置くため」と軽やかにビルは言う。「食べてから出かける。それだけさ」。独自のスタイルで知られた『DETAILS』という雑誌の仕事では、原稿料をいっさい受け取らなかった。「本当に好きなことをしようと思ったから。お金に触れたらもう最後、決してそうはできない」

 彼が長く住んでいたのは、ニューヨークのカーネギーホールの上にある狭いスタジオの一室だ。ネガフィルムのキャビネットがぎっしりと詰め込まれていて、狭いベッドのほかは生活空間もほとんどない。トイレとシャワーも室外の共用。ずっと独身で子供もいない。「服にずっと夢中だったから、恋に陥る暇がなかった」とのこと。そうして蓄えたファッションの知識は膨大なものだろう。だから、オリジナルとコピーをすぐに見分けることもできる。

 映画に登場したある人は「悪意のある彼の写真は見たことがない」と語った。ビルは基本的には誰に対しても分け隔てなく優しい。多分それは、彼が自らの生き方の原則を厳しく守ること、そしてそのためには人は孤独にも耐える力が必要であることを知っているからではないかと思う。仕事の詰めの時を除いて彼がいつも笑顔を浮かべていられるのは、彼が実際に孤独に耐えて自立しているからなのだ。

 ファッションとは何か? インタビュアーの質問に、ビルはこう答えた。「ファッションは鎧(よろい)だ。日々を生き抜くための。手放せば生きていけない」。これは多分、彼の生き方の原則そのものを意味しているに違いない。グローバリゼーションによる画一化や独立した個人の権利や尊厳が失われつつあるように思える中で、ビルの言葉はとても重く感じられた。

    ◇

『ビル・カニンガム&ニューヨーク』全国にて公開中

公式サイト:http://www.bcny.jp/

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PROFILE

上間常正(うえま・つねまさ)

1972年、東京大学文学部社会学科卒後、朝日新聞社入社。88年からは学芸部(現・文化部)でファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化学園大学・大学院特任教授としてメディア論、表象文化論などを講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

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