島めぐり

隠岐の島<1>短期バイトのはずが、古民家の宿経営に

  • 文・写真 宇佐美里圭
  • 2015年1月20日

 日本海に浮かぶ隠岐諸島。島根半島より北へ40~80キロほどのところに大小約180の島がある。有人島は全部で四つ。“島前(どうぜん)”と呼ばれる知夫里島(ちぶりじま)、中ノ島、西ノ島の3島と、“島後(どうご)”と呼ばれる隠岐の島町だ。

 歴史は旧石器時代までさかのぼり、平安時代以降は後鳥羽上皇や後醍醐天皇など身分の高い人々の流刑地としても知られている。2013年に「世界ジオパーク」に認定された雄大な自然も魅力のひとつだ。その隠岐諸島の中で最大の“隠岐の島町”は面積243km²。円形の島で、出雲や大阪からの飛行機が発着する空港もある。

 西郷港から車で20分ほど、島の北部にある中村集落に、2014年6月、新しい宿ができた。その名も「隠岐の島暮らし体験ゲストハウス 佃屋」。建物は築120年を超える屋敷で、外には大きな蔵や井戸、納屋なども残っている。もともとは庄屋だったという建物の正面の引き戸を開けると、広い土間があり、襖の向こうには囲炉裏のある大広間や、畳の部屋がいくつもつながっている。水回りは改装されているが、それ以外は昔のまま。まるで「田舎の実家」に帰ってきたような、どこか心落ち着く空間だ。

 寝室は基本的に共同部屋。キッチンは自由に使える。島の暮らしを体験するための宿なので、旅館のような細かいサービスはないが、近くの海で釣った魚をさばいて食べたり、地元の人や泊まり客と一緒に酒を酌み交わしたり、普通のホテルや旅館では決して味わえない時間が過ごせる。

 昨年の夏は、8月だけで宿泊数が100泊ほどを数え、すでにリピーターもいる。オープンから1年たたずして“話題の宿”となった。

 この宿を立ち上げたのが、美人“大将”の宮本咲季さん(29)。隠岐にきて3カ月足らずで構想を思いつき、企画書を書いてあちこち奔走。10カ月後にはたった一人でオープンにこぎつけた。

「島に来たときは、数カ月後に自分がゲストハウスをやるなんて、想像さえしませんでした」

 そう話す宮本さんは静岡県沼津市の出身。高専時代に米カリフォルニア州のサンノゼを訪れたことがきっかけで、旅に目覚めた。英語が通じなかったのがショックで、帰国後は真剣に勉強を始めた。それからは、休みの度にオーストラリア、カナダ、アジア、ヨーロッパなどへ行き、“旅する人生”が始まった。

 卒業後は、都内にあるウェブ・マーケティングの会社でアルバイトを始め、半年後にそのまま正社員に。クライアントのホームページの製作をすることが主な仕事だった。その会社を選んだポイントも旅だった。

「クライアントに旅行会社や航空会社が多かったんです。6、7人の小さい会社でしたが、社長も旅好きで、社員にどんどん旅をさせる風潮があって。人生を楽しむことがいい仕事につながるからと、旅行支援金まで出してくれたんです。スタッフはみんな語学堪能で旅好き。休暇は取り合いでした」

 社風が肌に合い、仕事も楽しく充実していたが、宮本さんは3年ほど働いて会社を辞めた。その理由もやはり旅だった。

「英語が上手な会社の人を見ていて、私ももっと勉強したい、一度海外に住んでみたい、という思いが大きくなったんです。たまたまクライアントにオーストラリア関係の人が多かったので、じゃあ、オーストラリアにいってみようかなと思って、ワーキングホリデーで行くことにしたんです」

 現地では飲食店で働いたり、ウェブの仕事をしながら、国内やバリ島などを旅してまわった。当時25歳。好奇心の赴くまま新しい世界を広げていった。

 1年ほどして、実家のある沼津に戻ったが、世界を見てきた宮本さんには、少し刺激が足りなかった。地元は大好きだが、「ちょっと戻るのが早かったかな」と感じた。もう一度大きな都市へ出て、ウェブの仕事のレベルアップをしたくなった。

 東京は一度住んだことがあるので、他の場所に行ってみたい。「大阪、名古屋はぴんとこなかった」が、「福岡ならいいかも」とひらめいた。友達もいたし、ウェブの仕事も進んでいる。次なる拠点を福岡に絞ると、ウェブ関連の会社で仕事を見つけ、すぐに引っ越した。

 福岡の雰囲気は大好きだったが、勤め先がまったく合わなかった。結局、半年で会社を辞めた。

 さて、この先どうするか。選択肢は三つあった。気に入っている福岡で同じ業界の会社を探すか。もしくは、業界を変えて転職するか。はたまた、自分で何かを始めてしまうか。とはいえ、何をしたらいいのかもわからないし、資金もない。まずはお金を貯めながら次にやることを考えよう、と決めた。

 お金を貯めたいときに、一番ネックになるのが家賃だ。ただ寝て起きているだけで、まとまった額が毎月引かれて行く。「いっそのこと、家賃のかからない住み込みのバイトを探そう!」。そう思いつき、宮本さんはリゾートバイトを探し始める。

 日本には、リゾートバイトを専門にあっせんしてくれる会社がある。そこに登録すれば、全国どこでも行きたい場所を選んで、現地の宿泊施設に住みながら働くことができる。

 季節は夏のハイシーズン前。屋久島や小豆島にはすでに空きがなかった。さてどうしよう……。そこにあった日本地図に視線を落とすと、隠岐の島が目に入ってきた。ちょうど数カ月前、旅好きの友人が「行ってみたいところ」と話していた。あの子が行きたいと言っている島なら、おもしろいんじゃないか。「隠岐の島はどうですか?」と聞いてみると、島で一番大きなホテルに空きがあった。

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PROFILE

宇佐美里圭(うさみ・りか)

1979年、東京都生まれ。編集者、ライター。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌を経て、『週刊朝日』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

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