スキマ・ノート

僕たち「いびつ」って言われてたんです

  • 文・田中隆信
  • 2015年1月27日
撮影 松永卓也

  • 撮影 松永卓也

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 結成15年を迎えたスキマスイッチ。昨年暮れには3年ぶりとなるオリジナルアルバム「スキマスイッチ」をリリースし、これまでの活動を振り返るアーティストブック『スキマスイッチの本』も刊行された。&wでは、大橋卓弥と常田真太郎のふたりに、これまでに生み出した楽曲から10曲を選んで、曲にまつわる物語を語ってもらう。連載「スキマ・ノート」のスタートを前に、これまでの活動を振り返ってもらった。

――そもそも、「スキマスイッチ」というユニット名はどうやって生まれたんですか。

常田真太郎 僕が当時住んでた家で2人で考えたんですが、あえてかっこよくないユニット名にしようと思って、目に付いたものを挙げていきました。そのなかで、窓の「隙間(スキマ)」と電気の「スイッチ」がおもしろいんじゃないか、と。言葉の響きも良かったので、二つを合わせた名前にしようということになったんです。

――メジャーデビューしたのは2003年ですが、当時のことを覚えていますか?

常田 ユニットを組んだのが1999年で、当時のJポップの主流だった音楽とは違っていたので、そういう部分での「どうかな?」という気持ちは少しありました。ただ、それまでに自分たちがやってきた音楽に自信はありましたけど。

大橋卓弥 ずいぶん記憶も曖昧になってきてますけど、あの頃は、僕らみたいな音楽をやってる人たちがいなかったんです。

常田 小室哲哉さんたちが手掛けるダンスミュージックが主流だったので。

大橋 だから、生(なま)音で、ちょっとファンキーで、ポップスでもある僕らの音楽は、すぐにはリスナーの人たちに届かなかったんですね。最初の頃は、ラジオDJの方とか、音楽ライターさんとか、業界関係の玄人の人たちが“かっこいいね”って褒めてくれていた印象が強いですね。

常田 “いびつ”って言われてたのも覚えてますよ。完成されてるようにも感じるけど、まだまだ荒削りな感じもある。そんな“いびつな人たち”って(笑)。

――「いびつなユニット」ですか。

大橋 「誰がやってるのか分からない」とも言われたよね。

常田 そう、「プロデューサーがいるのか?」とか、もっと言うと「自分たちで作っているのかどうかも分からない」とか。

大橋 謎が多かったんだと思います。

常田 それこそ、プロデューサーとかアレンジャーとか、誰かが付いていたら、ずっと分かりやすかったんでしょうけど、最初から自分たちでプロデュースをしていました。それも“いびつ”って言われた理由だと思います。手作り感があるのにメジャーでやろうとしていて、詞とか曲とかを自分たちで書いてるけど、どちらが曲を書いて、どちらが歌詞を書いてるのかも分からない。

大橋 ちょっと「宅録ユニット」っぽい感じだったのかな?

常田 事務所は、所属アーティストのCOILと山崎まさよし、スガ シカオ(のちに独立)の良いとこ取りをした2人組ユニットにしたかったのかなって思います。それが運良く転がったというか、謎を含んだ形で転がっていって。もし違う方向にいってたら、全部が中途半端になってしまった可能性はありますね。危なかったです(笑)。

――デビュー翌年にリリースしたシングル「奏(かなで)」でスキマスイッチは一気にメジャーになった感じでしたね。

大橋 もともとバラードとかミディアムテンポの曲が得意だったので、この曲をきっかけに知ってもらえたというのはすごく嬉しかったです。

常田 多くの人に届くまで、時間がかかったよね。リリース直後は何の反響もなくて、「またダメだったのかな」って思ってました。デビューの頃から「いいよ」って言ってくださっていた玄人の方々は「すごくいい」という反応だったけど、オリコンのランキングもなかなか上がらなくて……。

大橋 “この曲が売れなかったら、ちょっと考えないといけないな”みたいなことを事務所からも言われてたので、どうなるんだろうって。

常田 この頃かな、キャンペーンで地方を回るようになって。ショッピングモールとかのイベントも、リハーサルから本気でやらないと人が集まってくれない。僕たちは「奏」はキラーチューンだと思って演奏してたんですけど、あまり反響がなくて。それが発売から2カ月ぐらいしたころに、マネージャーから「今でもラジオとか有線でかかってるらしいよ」って聞いて。そのあたりから変化がでてきたんです。

大橋 「奏」がデビュー曲だと思ってる人も多いんじゃないかな?

常田 そういう感じがするね(笑)。

――大きなターニングポイントと言えば2009年だと思うんですが。前年に大橋さんがソロ活動をして、もう一度、ふたりでスキマスイッチとして再始動しましたよね。

常田 大橋がソロで活動を終えて戻ってきて、じつは戻ってこないんじゃないかと半分思ってたんです。それで、「虹のレシピ」からは作り方を根本的に変えたんです。本当の意味で、ふたりで作るようになった、というか。まさにここがターニングポイントになっています。

――連載では、「奏」や「虹のレシピ」を含めて10曲をピックアップしていただきましたが、どういう基準で選んだんですか?

大橋 シンタくんと話してて「どの曲でも話せるよね」って。

常田 最初は、1年に1曲とかでもいいのかなって話してたんですけど、いろいろ考えて、年代の偏りとかもないようにしました。よく10曲を選ぶ企画というのはあると思うんですけど、1曲について1回で語りきる、それを10回続けるっていう連載は珍しいなって。

大橋 10曲なのでシングル曲がほとんどなんですけど、最新アルバムの「スキマスイッチ」に入ってる「ゲノム」は入れました。

常田 今のスキマスイッチにとって、とても重要な曲なので。どんな物語が展開していくのか、楽しみにしてほしいですね。(おわり)

※新連載「スキマ・ノート」の第1回は「奏(かなで)」。2月3日に更新する予定です。

『スキマスイッチの本』はこちらから

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PROFILE

スキマスイッチ

1999年、大橋卓弥が自分の曲のアレンジを常田真太郎に依頼したのがきっけけで結成。2003年7月、オーガスタレコードの第1弾アーティストとして、シングル「view」でメジャーデビュー。翌年にリリースした「奏(かなで)」がロングヒットを記録し、ブレイク。以後、「全力少年」「ガラナ」「ユリーカ」など、多くのヒット曲を生み出している。これまでにシングル22枚、オリジナルアルバム6枚をリリースした。公式HPはこちらから。

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