スキマ・ノート

<9>ほんとうはシングルで出したかった

  • 2015年3月31日

  

■ゲノム(2014)

常田真太郎 今回選んだ10曲の中で唯一シングルじゃないけど、僕らの中ではこの曲もシングルのつもりだった。

大橋卓弥 そのつもりで作ってたからね。

常田 曲ができて「これをシングルで」とスタッフに言ったら、「わかった。これでいこう」っていう返事だったから、ほぼ決まったんじゃないかっていう雰囲気で。

大橋 「これで決まりですか?」って聞くと、「8割かな」って。

常田 次に会った時にまた聞くと「9割かな」。その次は「9割5分かな」って、なかなか「決定」にならない(笑)。まあ、10周年イヤーの後の第1弾シングルとしては、曲調や歌詞がそれまでのスキマスイッチとは変わりすぎてるんじゃないかっていう懸念があったんだろうね。僕らとしては変わりすぎてるから面白いし、意味があるって思っていたんだけど。

大橋 僕らの音楽性を完全に変えるというんじゃなくて、それまで見たことのないようなスキマスイッチをポンと置いて、その後でまたスキマスイッチらしい曲を持ってきたら、と思っていたんだけど。やっぱり、10年やってきたのと同じことをするのが嫌だったんだよね。スタッフが言ってる意味もわかるけど、安定感に寄っていく感じは避けたいというのが正直な気持ちだったな。

常田 そうだね。

大橋 もうちょっと僕らを信じてくれてもいいのにって、スタッフの守りの姿勢に対してイライラしてたなあ。「ゲノム」をシングルとしてリリースして、僕らの音楽を聞いてくれてる人たちをいい意味で裏切って、その次に出すシングルで「あっ、今までのスキマスイッチもなくなったわけじゃなかったんだ」ってホッとしてもらうというのが僕らの目論見だったから。

常田 うん。

大橋 デビューから10年の間にいろんな経験をさせてもらって、自分たちの立ち位置を自分たちで作ってきた。そして「10周年おめでとう!」ってお祝いしてもらってるところで、すでに足跡を残している場所にまた足を下ろしちゃったら、そのまま20年変わらずに同じ流れでいっちゃうんじゃないかっていう気持ちもあって。
 歌詞の中に“ルーティンワーク”という言葉が出てくるけど、ルーティンになるのが嫌だった。真新しいところに足を下ろして、そこからふたりでまた考えていきたいって思ってた。

常田 そうだったね。それで話し合った結果、アルバムの1曲目に入れることになって。

大橋 ただ、シングルとシングルの間って、けっこう時間が空くから、そうすると裏切ってる期間も長くなるんだよね。それよりはアルバムの1曲目に「ゲノム」を入れて、2曲目の「パラボラヴァ」でいままでのテイストを感じてもらったほうが、聴いてくれる人に対しては優しいのかもしれない。だから、いまは、これでよかったなって思ってる。

常田 サビで“壊せ”って歌ってるように、毎回、違うものを作っていきたいから。スタンダードな曲を作り続けていく大切さもわかるし、これまでの10年に不満があったわけでもないからね。ただ、やってきたことに自信があったからこそ、「ゲノム」をシングルにしたいと思ったんだよね。逆に、自信がなかったら、僕らのほうから“これまでのような曲で行きたい”と言ってたかも。

    ◇

 最終回となる第10回(4月7日更新)は、「星のうつわ」に関する秘話をお届けします。

 『スキマスイッチの本』はこちらから

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PROFILE

スキマスイッチ

1999年、大橋卓弥が自分の曲のアレンジを常田真太郎に依頼したのがきっけで結成。2003年7月、オーガスタレコードの第1弾アーティストとして、シングル「view」でメジャーデビュー。翌年にリリースした「奏(かなで)」がロングヒットを記録し、ブレイク。以後、「全力少年」「ガラナ」「ユリーカ」など、多くのヒット曲を生み出している。これまでにシングル22枚、オリジナルアルバム6枚をリリースした。公式HPはこちらから。

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