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<25>駅前書店の生き残り方、教えます

  • 文 吉川明子 写真 石野明子
  • 2015年10月1日

 かつて、どこの駅前にも小さな書店があった。軒先には雑誌が並べられ、狭い店内ながらも、文庫本や漫画など、一通りの本がそろっていた。しかし、そんな風景も時代の流れと共に姿を消しつつある。

 JR青梅線の中神駅前にある「Mulberry Field」の前身も、そんな昔ながらの書店の一つだった。オーナー・勝澤光さん(43)の父が、駅から歩いて数分の場所に店を開いたのは約40年前のこと。父はいずれ駅前への移転を考えていた。

 駅前の整備計画が終わり、移転のチャンスがめぐってきたころ、父は引退を考える年齢に差しかかっていた。そこで、建築関係の仕事に就いていた勝澤さんが書店を継ぎ、駅前に移転することを決めた。

 昔は数軒あった駅前の書店も、今は勝澤さんの店だけになった。競合はいない。しかし、電車に乗ればすぐに大型書店に行けるということもあり、地元の客からすれば、「欲しい本がない小さな書店」に過ぎないという厳しい現実もある。

「話題の本を発売日に並べようと頑張るんですが、実績がある大型書店などに配本されてしまい、小さな書店にはなかなか回ってこないんです。2009年に発売された村上春樹さんの『1Q84』なんて、発売日にBOOK1と2が一冊ずつしか入ってこなかったんです。これでは本を売りたくても売れない」

 ちょうどそのころ、父の実家から、「山でたけのこが採れすぎて困っているので売ってくれないか」と頼まれ、店先で販売したところ、1時間くらいであっという間に売り切れた。近所の人に「もうないの?」と言われるほどの反響だった。

「山に行って、たけのこを採ってきては売ることを繰り返しているうちに、『1Q84』500冊分くらいの利益になったんです(笑)」

 近所にスーパーがないこともあり、勝澤さんは地元の農家に声をかけて野菜を販売するようになった。やがてパンを納めてくれる人も現れた。「せっかく来てくださるのだから」と、紙コップでコーヒーを出し、店先で飲めるようにしたところ、「パン買って本読みながらコーヒーが飲めるっていいですね」と言われるようになった。こうして、自然とブックカフェのようなスタイルになっていった。

 カフェスペースのある書店へとリニューアルオープンしたのは2年前のこと。今では、駅前のブックカフェとして地域に根付いている。平日は子ども連れの女性グループや、野菜を買ったついでに一休みする年配の女性などが多い。祝日は仕事休みの男性がふらりと入ってくるという。

「でも、カフェを作ったことで、逆に店の敷居を上げてしまったんです」

 カフェや野菜の利益が、大型書店に圧迫されがちな小さな書店経営の安定につながった。ところが、通常の書店であれば本を買う予定がなくても気楽に入れるが、ブックカフェの形態にしてしまったことで、既存の客から、「店に入るからには何か注文しなくてはと思い、気軽に入りづらくなった」と言われてしまったのだ。

 勝澤さんとしては、カフェで何もオーダーしなくても、ふらりと立ち寄って本棚を見に来てくれる客は大歓迎だ。そこで、ブックコーディネーターの久禮(くれ)亮太さんに協力を仰ぎ、本を手に取ってもらいやすくするため、入り口近くにバーゲン本コーナーを設けたり、売れた本から客の好みを読み取って棚の品ぞろえを見直して客の興味を喚起するような工夫を試みた。すると、独自にセレクトした本に興味を持って足を運んでくれたり、実際に買ってくれる人も増えてきたという。

「豊かな心とすこやかな体をつくる、というのが店の理念。大手にはできない、この場所に合わせた書店づくりをしていきたいんです」

 店頭には新鮮な野菜が並び、おいしいサンドイッチやコーヒーを楽しみながら本を読み、さまざまな知識や刺激を得ることもできる。駅前の小さな書店の存在意義は確かにあるということを「Mulberry Field」は教えてくれる。

(次回は10月15日に配信予定です)

■オススメの3冊
『沈まぬ太陽』(山崎豊子)
日本を代表する航空会社である国民航空の社員・恩地と、彼を取り巻く人々を通して、航空会社の社会倫理を描き出した長編小説。「この小説のモデルとなった日航機事故があったのは中学生の頃で、すごく印象に残っています。主人公が負けずに人生を歩む姿に感銘を受けます」

『夜と霧』(ヴィクトール・E・フランクル)
ナチスの強制収容所に入れられたユダヤ人精神分析学者が、過酷な環境を生き抜き、解放されるまでの体験を記した手記。「絶望的な中でも人の希望は押さえつけられず、気持ちまでは支配できないことが感じられる一冊です」

『岳』(石塚真一)
北アルプスや松本市を舞台に、山岳救助をめぐるドラマを描いた漫画。「人が簡単に死んでしまう山で、死を意識しながらも常に明るい気持ちで一生懸命生きる主人公を見ていると、励まされる。へこんだ時に読みたい漫画です」

    ◇

Mulberry Field
東京都昭島市中神町1176-36
http://mulberryfield.biz

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