こだわり派の逸品

<3>約4千点のカセットテープがずらり アナログの魅力を再提案/ワルツ

  • 写真 石塚定人
  • 2016年8月10日

約80平米の店内には、カセットテープ以外に、アナログレコードやVHSテープ、1980年代のサブカル誌のバッグナンバーや書籍なども置かれている。聴覚と視覚の両方で楽しめるのもうれしい

  • 約80平米の店内には、カセットテープ以外に、アナログレコードやVHSテープ、1980年代のサブカル誌のバッグナンバーや書籍なども置かれている。聴覚と視覚の両方で楽しめるのもうれしい

  • カセットテープのディスプレイは、オシャレな本屋で見掛ける平積みを意識したという。「中古レコード店とか古本屋って、棚に雑然と並べられたイメージがあるけど、それよりもアートギャラリーのようにしたいと考えました。女性がひとりで気軽に入れる店にしたかったんです」(角田さん)

  • 左/ニルヴァーナの『NEVERMIND』(91年)、右/オアシスの『 (What's the Story) Morning Glory?』(95年)。90年代を代表するロックバンドだが、カバージャケットを見た客のほとんどは「これってカセットテープで出ていたんだ!」と懐かしそうに目を丸くするという

  • 先日、アメリカでカセットテープを製造する唯一の会社が過去最高益を記録したニュースがあったそうだ。日本では製造している会社は、TDKをはじめ4社のみ。いずれのメーカーも製造継続が厳しい状況に追い込まれているという

  • 「80年代は日本の家電メーカーがオーディオの分野で激しく競争していた時代です。ちなみに手前のラジカセは、70年代にソニー、ナショナル、シャープなどが、海外向けに作った希少なラジカセ」(角田さん)

  • 角田さんのイチ押しをたずねると、96年に発売されたパナソニックの「ショックウエーブ」だった。当時隆盛を極めたカシオの「Gショック」をモチーフにしたかのようなヘビーデューティーなデザインが話題を呼んだ

  • お店は、もともと貸し倉庫だった物件。ファクトリー感の漂う空間を探していた角田さんにとっては、願ったりかなったりの空間だった。お気に入りは、倉庫の面影を残す、入り口の巨大なスライドドアだそう

  • 音楽業界の現状にも舌鋒(ぜっぽう)鋭い意見を投げかける角田さん。「じつは今、レコード会社には旧音源のカセット化を提案しています。低迷する音楽業界ですが、名盤のアーカイブは山のようにあるわけですから、それを起爆剤に活性化していきたい」

 東京・中目黒駅から歩くこと約10分。閑静な住宅街の中を進んでいくと、無機質さと温かみを併せ持つ、しゃれた店が突如現れる。「カセットテープ」を通じて、1980〜90年代の音楽カルチャーを発信するショップ「ワルツ」だ。昨年10月のオープン以来、10代から70代までの幅広い客層が訪れ、海外からの問い合わせも多いという。

 店主の角田太郎さんは、大手通販サイト「アマゾン」の元社員。15年前、アマゾンが日本市場に参入した頃に入社し、おもに音楽と映像の分野でネットビジネスの最先端を走ってきた。しかし部下を従え、組織のリーダーをつとめてきた彼にとって、これまでのキャリアと肩書を捨ててでも立ち上げたかったのが、「カセットテープ」をテーマにした新たなビジネスだった。会社を辞めた当初、周囲からは「売れるはずがない」「何を考えているのか」とネガティブな反応ばかり。それでも角田さんは、「やっていく先には、誰もたどり着いたことのない唯一無二の場所があるはず」と、初心を貫いた。

 学生の頃は、ニューウエーブ好きのロック青年だった。まだレコードとカセットテープの両方が店頭に並んでいた80年代。渋谷のタワーレコードなど輸入盤を扱うショップに足しげく通った。それから30年以上が経ち、気づけば、買い漁ったカセットテープの数はゆうに1万本を超え、ふと角田さんは気付く。自分にとってカセットテープとは、役割を終えたデッドストックではなく、新たな価値を付与し、魅力的なソフトへと再提案できる存在なのではないか、と。

 今年に入り、新譜のカセットテープでのリリース点数は、明らかに増加傾向を示している。低迷する音楽業界にあって、はたして明るい兆しとなるかどうか。カセットテープのもつポテンシャルから、しばらく「耳」が離せない。(文 宮下 哲)

    ◇

――角田さんは、独立志向が強かったんでしょうか。

 いえいえ、僕自身、アマゾンを辞めるなんて夢にも思っていませんでした。ただ、自分にとってのラーニングカーブが衰えている実感はありましたね。年齢的にも決済書やレポートを作る仕事が中心になってきたことで、ここにいても学びがあまりないなあと。気付いたら、典型的な外資系企業のマネージャーになっていた。自分の目指していたものってこれだったのかと、ふと思いました。それに僕には、企業を渡り歩いてキャリアアップしていこうなんて気もありませんでしたし。

――アマゾン時代と今とでは、ビジネスのうえでどんな違いがありますか。

 インターネットビジネスを知り尽くしている僕は、アマゾンにはできないことを「ワルツ」でやりたいと考えたんです。SNSのアカウントも作らず、ネット通販もやらず、実店舗のみで運営しています。それでもこれだけ話題になっているのは、お客さんが店内を撮影してSNSで広めてくれたからです。じつは、これって、アマゾンというプラットフォームにお客さんを集めて、ユーザーがそれをレバレッジしていくモデルと同じ手法。仕組みを作ってみんなで共有し、大きくしていく。成功しているIT企業は、みんなそうやっています。だから僕の発想自体は、かなりIT的なんです。

――店内には若いお客さんも多く、少し意外でした。

 ファッション誌でもよく紹介されているからだと思います。学生さんたちの反応を見ていると、彼らにとって、カセットテープとは懐かしいとか古いとかいうものじゃないんです。なぜなら、これまでの人生で体験したことのない未知のプロダクトだから。現在進行形のカルチャーとして、むしろデジタルの次に来る、新しい音楽ソフトととらえているのだと思います。

――これだけの数のカセットテープをどうやってそろえたのですか。

 オープン当初は、仕入れ先も買い取り先もなかったので初期在庫はほぼ私物。アマゾンの前職が、六本木にあった輸入レコードを扱う「WAVE(ウェイヴ)」にいたので、僕にとって音楽と接することはライフワークのようなものです。以前は、海外出張時や、地方に行った時に、レコードショップで掘り出し物を偶然見つけたりしましたが、最近は、僕と同じようなコレクターがイギリスにもオーストラリアにもいて、実際に会ったこともない人たちとネットでやりとりしながら、トレードすることもあります。

――カセットテープは常時どのくらいの数、置かれていますか。

 店頭には常時4千本弱をキープしています。これほどの数を置く専門店は、世界中でもまれだと思います。割合でいうと、旧譜のほうが圧倒的に多いのですが、今後は変わってくると思います。先日、ユニコーンが新譜をカセットテープでリリースして話題になりましたが、メジャーアーティストがリリースするような流れが今後は出てくると思います。

――カセットテープのサイズ感もちょうどいいですね。

 目で見て、手にとって、さらに聴いてみたいと思う。カセットテープだけでなく、レコードもCDも、音楽ってやはりカタチがあるものだと僕は思います。でも、それがデジタルによってどんどん無形化して、カタチが失われてしまった。ダウンロードして、ストリーミングで何万曲聴き放題みたいなことが可能な時代です。ただ、これだけ聴きやすい環境になっても、音楽離れはいっこうに止まりません。結局、その理由は、カタチのない音楽に「ありがたみ」がなくなったからなのではないでしょうか。

――昨今、デジタルの音自体に辟易(へきえき)しているユーザーも多いのでは。

 デジタルの音を聴いたあとに、あらためてカセットテープを聴くと、とても柔らかな音に聴こえます。そこにはノイズの心地よさがあるのだと思います。ハイレゾのデジタル音は、通常だと聞こえない周波数まで再現されますが、カセットテープは周波数の音域が極めて狭い。これは言い換えれば、高級メゾンのスラックスよりも、古着の501のほうがラフで着心地いいという感覚に近いということなのかもしれませんね。

    ◇

waltz(ワルツ)
住所:東京都目黒区中目黒4-15-5
営業時間:13時~20時  月休
http://waltz-store.co.jp/

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