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311後の分断を乗り越える、「人の心」。『ビオクラシー』

  • 文・松本秀昭
  • 2016年9月12日

撮影/猪俣 博史

写真:『ビオクラシー 福島に、すでにある』平井有太 (著)、サンクチュアリ出版、2000円(税込み) 『ビオクラシー 福島に、すでにある』平井有太 (著)、サンクチュアリ出版、2000円(税込み)

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 未来に得体(えたい)の知れない暗雲が、日本も世界も関係なく世界中に立ち込めている。しかしそんな暗澹(あんたん)とした気持ちに一筋の光をさすどころか、そんな気分が「ばかばかしい」と思わせるくらい人の心を鼓舞し、勇気を与えてくれる人物というものがいる。彼らは、媒体は何であれ、自分の活動を通じそれに接した人々に影響を与えずにはおかない。

 今回紹介する『ビオクラシー』、その中に登場する「活性家」と呼ばれる人物たちだ。彼らが与えてくれる希望と勇気、そのおかげでここ数日なんだかハイな気分だ。彼らによって今までうつむいて不平と非難と絶望だけを語っていた自分にふと気づかされた。彼らの活躍にワクワクしているうちに「うつむく」でもなく「上を見る」でもなく、気がつけばすがすがしい気分で前を向いていた。

 本書には311以降、様々な社会・文化活動に関わってきた人たちへのインタビューや被災した人たちから集めた言葉が収められている。著者は福島の田んぼや果樹園での放射性物質含有量の計測にたずさわると同時に「ソーシャルスケープ」と著者が呼ぶ、被災を受けた「人の心」を文章に起こす活動をおこなってきた。

 本書によると「活性家」とは人びとの「興味」や「思考」「行動」を刺激し(つまり「活性化」し)社会を変化させるような人たちを指す。だが彼らはただの表現者や主張者に収まらない。彼らは人びとの中で活動し人とつながりながら、人に影響を与えることができる者たちだ。現場と被災者たちのリアルをよく知っている彼らだからこそ、分断された人々の間に新たな連帯を生み出すことができる。

 彼らが引き起こした変化のうちに見出されたものは、忘却された自然との、地域との、人とのつながり。それを著者は民主主義の「先またはその根幹にある」ものとして「ビオクラシー」と呼ぶ。「ビオ」とは「生」、「クラシー」とは「支配」「政体」を意味し漢字で示せば「生命主義」。「ビオクラシー」とは命より経済を重視し戦争の原因とさえなる資本主義と、ただの多数決に堕した現状の民主主義を超えるものとして著者が訴えるものだ。

 原発災害の最大の特質は、人のさまざまな関係に生じた「分断」であることを著者は強調する。311以降の影響とその対応も、判断と価値観も、人それぞれに異なっている。そのもろもろの違いの積み重なりが、考え方や行動の仕方、生き方の違いとなり、やがて単純な賛成/反対、否定/肯定に二極化し、「分断」となって現れる。

 この「分断」に抵抗するには多様で複雑なもののリアルな在り方をそのまま受け取り、表出し、伝えることだ。「人の心」を文章にする「ソーシャルスケープ」は、分断には寛容を、複雑な現実に対しては思考の刺激を与えることで社会の変化を可能にする手段の一つだと思った。本書に登場する活性家も被災者も分断を乗り越える「生きた」知恵を持っている。読むものに希望と勇気を与える一冊だ。

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PROFILE

松本 秀昭(まつもと・ひであき)

湘南蔦屋書店・哲学コンシェルジュ。大学院の倫理学分野で政治哲学を研究していました。でも好物は技術哲学やメディア哲学。その他にも表象文化論、文化人類学、環境問題、農など関心はいろいろ、雑食しています。文脈を楽しめる棚作りを目指しています。
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