bookcafe

<52>ネイルにスーツの編集者から、路地裏6畳間へ

  • 文 吉川明子 写真 石野明子
  • 2016年10月27日

 東京・北千住駅から商店街を抜けた、路地裏にある古いアパート。階段の脇に置かれた黒板には「6畳ブックカフェ SENJU PLACE」とある。昔、学生が下宿として使っていたような建物の2階には、確かにちゃぶ台が置かれた6畳間があった。

 笑顔で迎えてくれたのは、「センジュ出版」代表の吉満明子さん(41)。肌触りの良さそうな、白いロングチュニック姿の吉満さんが、5年前まではつけまつげに美しいネイルを施した、ヒョウ柄のカットソーとスーツ姿の仕事人間だったとは到底思えない。

 吉満さんは長年出版業界に身を置き、主に書籍編集に携わってきた。10年前に結婚し、夫の実家の近くである千住に住み始めたが、次第に多忙を極めるようになる。約6年前には明け方に会社を出てタクシーで帰宅し、昼ごろ再び出社。掃除や洗濯をした記憶もないような生活を送っていた。

 「この状態はまずいとどこかでわかっていました。後になって夫に離婚しようと思わなかったか聞いてみたら、『そうは思わなかったけど、仕事と遊びと、あまりにメリハリがなかったね』と言われました」

 そんな吉満さんが、築40年超の古アパートで“ひとり出版社”を立ち上げるに至るまでには、いくつかのきっかけがあった。一つは東日本大震災だった。

 「私が作っているものは食料でも毛布でもない。東北地方の製紙会社が甚大な被害を受けて機能停止したと知り、1冊の本、そして1ページ、1文字の重みを考えるようになりました」

 産休と育休を経て職場復帰をしたものの、時短勤務で以前のようには働けないことにもどかしさを感じた。仕事も子育ても中途半端。そんな時、産休中に平日の千住の街を歩いた時に気づき、考えたことを実行に移す決意をした。

 「ずっと千住に住んでいたのに、地元の魅力に全く気づいていなかったんです。商店街がまだまだ元気だったり、古民家をリノベーションした落ち着いたカフェがあったり……。他の媒体に取材されている場合じゃない! 街に散らばる豊かな素材を住民の目で編集し、伝えることをやってみたいと思うようになったんです」

 縁あって古いアパートをオフィスとして使えるようになり、当初は企画会議室兼打ち合わせスペースとして使おうと思っていた6畳間にちゃぶ台を置いたら、妙にしっくりきた。

 「これからの出版社は本を作って終わりではなく、その本が手渡される、著者のメッセージを共有するための“場”も編集する必要があります。だから、将来的にこの街にブックカフェを作りたいと考えていたのですが、ここでいいんじゃない? と思って」

 特に宣伝はしなかった。ところが、友人が別の友人を連れてきてくれたり、地元の人が興味を持って来てくれたりして、自然と人が集うようになった。その傍ら、自分がこの人だと思う著者たちと二人三脚で2冊の本も刊行した。

 「カフェでの毎日は、意外なことの連続。センジュ出版を立ち上げて1年ですが、私が予想していたとおりの不安と同時に、カフェでの出来事を中心とした、予想していなかったよろこびを経験しました」

 会社は2年目に突入。何冊もの書籍編集作業を進めると同時に、地元タウン誌の創刊準備号を作ったり、まちのイベントを企画・実行したり、「文章が上手になりたい」という人たちの声がきっかけとなり、文章にまつわることをアドバイスする講座「文章てらこや。」を立ち上げたりしている。

 「昔の私なら今の私のことを、『千住で出版社なんて、ビジネスのやる気がないのね』とあきれていたはずで、まさか自分の価値観がここまで変わるとは。ひとり出版社なんて強烈な博打みたいなものなのに、家族のことを顧みずに働いていたあの頃の悲壮感や苦しみは、むしろぜんぜんないんです」

 価値観はがらりと変わったものの、今もアクセル踏みっぱなしで活動の幅を広げている吉満さん。これからの本とまちのあり方について、情熱を燃やし続けている。

■おすすめの3冊

『本屋がなくなったら、困るじゃないか 11時間ぐびぐび会議』(編集/ブックオカ)
本を売ったり、つくったりする仕事は面白いのに、なぜネガティブな話題が多いのか。書店・取次・出版社の現場を知る面々が構造的な問題を、車座になって徹底的に明るく話し合った1冊。「この本でも寄稿している流通代行のトランスビューさんにはうちもお世話になっているのですが、この会社に集まってくる出版社の人たちは曲者だらけ。そんな曲者たちやこの本に登場する方々の声を聞いていると、本の未来は明るいと、心の底から信じられるんです」

『いのちのやくそく―なんのためにうまれるの?』(著/池川明、上田サトシ)
胎内記憶の第一人者・池川明氏と、アメリカで魂の助産師として母子の声を聴き続けた上田サトシ氏による共著。赤ちゃんが生まれるその日までに知っておきたい、この世に赤ちゃんが生まれてくる理由とは? センジュ出版2冊目の本。「妊婦さんたちにいのちが生まれてくることの意味をお伝えするための本ですが、お母さまを介護される男性や、出産を控える娘さんを持つ母親など、さまざまな方からの反響がありました。自分がなんのために生まれたのか知りたいと感じるすべての方へ、おすすめしたい一冊です」

『りんどう珈琲』(著/古川誠)
千葉県の内房にある静かな海辺の町、竹岡にある喫茶店でアルバイトをする女子高校生。喫茶店にやってくる人、去っていく人たちとの日々の中で、彼女は味わったことのない感情を経験する。「大切な友人が書いた初小説なんです。SENJU PLACEでもときどき、この小説の中に描かれているような時間が流れることがあります。小さくて確かなことは、こんな日常の片隅に隠れているんだろうなと感じさせてくれる本。装丁もとても美しくて、店内にこの本があると、少し安心します」

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book cafe SENJU PLACE
東京都足立区千住3-16 2F
http://senju-pub.com/shop

2016年11月26日(土)~27日(日)13時~17時に長円寺(東京都足立区)で、センジュ出版プロデュースの「千住 紙ものフェス」を開催。
https://kamimonofes.blogspot.jp/

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