MUSIC TALK

ピアノが好きな女の子がデビューするまで Chara(前編)

  • 2016年12月7日

撮影/石野明子

  • 撮影/石野明子

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 紡ぎだす曲も、個性的な声も、しなやかな生き方も。「Chara」という世界はいつの時代も私たちの心をつかんで離さない。ピアノが好きなちっちゃな女の子が、時代のアイコンとなるミューズへ。そのルーツをCharaさんが語る。(文・中津海麻子)

  ◇

ちっちゃい女の子の音楽の思い出

――幼少期はどんな女の子でしたか? 当時の音楽の思い出は?

 背がちっちゃくて、本名が美和なので「みーちゃん」って呼ばれてました。幼稚園の先生がオルガンを弾く姿に憧れて、目で見て耳で聴いて覚え、休み時間にオルガンを触らせてもらって。それを先生が見ていたのか、ある日帰りの会で歌を歌うときに、「みーちゃん、弾いてみる?」と声をかけてくれて。みんなが私の伴奏に合わせて歌を歌ったの。「小さいみーちゃんでも役に立ってる! 何かを動かせた!」みたいな感覚を初めて味わい、音楽ってすごいなぁ、って感動したのを覚えています。

 ピアノを習い始めたのは、小学校に上がったころ。隣りに住んでいた同級生の女の子が音楽教室に通っていて、「私も行きたい」と親に頼み込みました。その教室で試験を受け、作曲のメソッドを勉強する専門コースに進むことに。譜面を起こして曲を作ったり詞を書いたりと結構本格的だったなぁ。合奏するカリキュラムなんかもあって、楽しんで通ってましたね。

――ご家族は音楽好き?

 普通。家にレコードは何枚かあったけれど、映画音楽とかクラシックとか。ビートルズが1枚だけあったなぁ。ただ、実は母が昔バスガイドになりたかったらしく、歌が大好きで。お母さんって即興で適当に歌とか作ったりするじゃん? うちの母はそういうのがめっちゃ得意で、謎のオリジナルソングを歌ってました(笑)。童謡も好きで、よく一緒に歌いました。

 あと、私はちっちゃいころからおばあちゃんが大好きだった。妹が生まれたとき、おばあちゃんに連れられて病院に行ったんです。もうすぐ2歳になろうとしていた私は、新しい仲間ができてうれしい半面、なんかヤキモチもあったみたいで、「早く帰ろうよ」ってせがんだんだって。おばあちゃんにおんぶされた帰り道、空には月がぽっかりと浮かんでいた。それを見ながらおばあちゃんと一緒に「月がとっても青いから~♪」って歌ったの。そのときのきれいな月夜とおばあちゃんの歌声は今もはっきりと覚えていて。

「チャラ」というニックネームをくれた先生

――小学校、中学校時代の思い出は?

 小学生のころは、おとなしいけどピアノは上手な女の子、っていう感じだったかな。3年生のときに、代用教員のよしこ先生が「チャラ」っていうニックネームをつけてくれて。「切り替えが早くて、次のことにしゃらっと打ち込む」というような意味だったみたい。背がちっちゃくてチョロチョロしていたところに引っ掛けて、「しゃら」から「チャラ」になったのかもね。小学校の3年、4年って、体も脳も一気に成長して変わる時期。小さくて泣き虫だった私も、急に足が速くなったり、人前で何かすることが嫌じゃなくなってきたりして積極的な部分が出てきた。そういう時期にキャッチーなニックネームをつけてもらったのは、なんだか特別な感じがして、とても気に入りました。

 そして、このころやっとピアノを買ってもらえて。ピアノはずっと習ってたんだけど、家での練習はなんと紙の鍵盤(笑)。長続きしないと思ってたのかもね、親は。結局、父が酔っ払ってるすきに母と注文しちゃいました(笑)。

 中学では放送委員に。委員長が音楽好きで、ソウルやニューウェーブのレコードを聴いたりしました。お昼の放送当番は楽しかった。「リクエスト募集中!」なんてDJ気取りで(笑)。そしたらツッパリから横浜銀蝿とかのリクエストが殺到して、曲をかけたら風紀委員の先生が慌てて飛んできたりしてね。時代だよねぇ(笑)。

――どんな音楽が好きでしたか?

 ピンクレディは好きだった。あと、耳コピして初めて弾き語りをしたのは、小坂明子さんの「あなた」。曲というか、グランドピアノに憧れたんだよね。憧れすぎて、「私がお嫁さんに行くときにはグランドピアノを買って」って親にお願いしたんだって。そしたら、本当に結婚するとき母から「グランドピアノはどういうのがいいの?」と。いやいやいらないから! てか覚えてたんかい!(笑)。お嫁入り道具は何もいらないって言ってたんだけど、親心としては何か買ってあげたかったんだろうね。

 初めて買った洋楽のレコードは、アイリーン・キャラの「Fame」。アイリーン・キャラは映画「フラッシュ・ダンス」で有名だけど、この「Fame」も彼女が主演した映画の主題歌。「何これ!? ピュンピュンしててカッコイイ!」みたいな(笑)。このレコードがきっかけでシンセサイザーが好きになりました。

デビューできたのは踊りがよかったから!?

――バンドを組んだりは?

 高校に入ったぐらいから友達や知り合いから頼まれて、いろんなバンドで鍵盤弾きをしてました。フュージョン系がはやっていたので、高中正義さんとかガッツリ弾かされて。「これじゃないんだよなぁ」と思いながらも、友達と一緒にやるのは楽しかった。高校は女子校に進学し、学園祭ではガールズバンドを結成。マドンナとかゴーゴーズとか、女の子がやってかわいい感じの簡単な曲をコピーしました。学園祭の1日目は私服の衣装だったんだけど、2日目から私服禁止になっちゃって、制服でやることになっちゃったのはなんか悲しかったな。

――歌は歌っていなかった?

 歌ってない。音楽は好きだけど、曲を作ったり楽器を弾いたりする人がカッコいいと思ってたし、そういうクリエーティブなことのほうが自分らしいと思ってたから。そもそも歌った経験がないからどうやって歌えばいいのかわからなかった、というのも正直なところだけど。

 歌うことになったのは、高校時代からレコード会社の人と知り合いになる機会があり、「デモテープ作ってあげるから歌ってみない?」と誘われたのがきっかけ。プロのスタジオでデモテープって、なかなかできない経験で、なんかうれしいじゃない? それからライブでも自分で作った曲をちょいちょい歌うように。

 そうこうしているうちに、あるライブで「今日はえらい人が来ていて、その人がOKを出したらデビューできる」と。へぇ、と思いながらライブが始まったら、最前列にめっちゃノリのいいおじさんがいて。私もそのおじさんに向けてノリノリで踊ったら、合格しちゃった。その白髪で紺色ブレザー姿のおじさんが「えらい人」だったの(笑)。受かった理由が「歌はまだまだだけど、踊りがよかった」。踊ってよかった~!って(笑)

 そしてデビューが決まりました。「芸名どうする?」って聞かれ、何も考えてなかったけど「Charaでいいんじゃない?」って。個性的だけど覚えやすいし、何より呼びやすいしね。

――1991年、「Heaven」でデビューしました。

 わからないことだらけで、正直、いやなことも結構あったかな。たとえばインタビューを受けるのも初めてで、今みたいにちゃんと話せないし、きっとプロのインタビュアーが引き出してくれるものだと思ってた。プロのデザイナーも、多くを言わなくてもちゃんとデザインしてくれるものだと思ってた。でも、どうもそうでもないぞ、と。ちゃんと言わないと伝わらないし、ときにゆがんで伝わっちゃうこともあると知りました。あとは、若かったからちょっとセクシーめいた雑誌から取材されたり。「なんか違くない?」っていうことは少なくなかった。91年はバブルの真っただ中、おもしろい時期だったけど、調子のいい人もいっぱいいたからね。

 だから、イヤなことはイヤだって言うようになった。ときには泣いて訴えたことも。業界のよくないイメージや習慣みたいなものを、ちょっとずつでもいいから変えたい。そう思ったんだよね。

後編へつづく

  ◇

Chara(ちゃら)

1991年、シングル「Heaven」でデビュー。1996年、岩井俊二監督映画「スワロウテイル」に出演、劇中のバンドYEN TOWN BAND のボーカルとして参加したテーマソング「Swallowtail Butterfly ~あいのうた~」が大ヒット。1997年のアルバム「Junior Sweet」は、100万枚を超えるセールスを記録。この頃からライフスタイルをも含めた“新しい女性像”としての支持も獲得。
2015年、伝説のバンド「Yen Town Band」 が復活、ライブ・楽曲制作が始動。2016年、デビュー25周年を迎え、「Junior Sweet」のリマスター盤を9月に、オールタイムベスト「Naked & Sweet」を11月にリリースした。

Charaオフィシャルサイト: http://charaweb.net/

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