川島蓉子のひとむすび

<6>東京から南魚沼へ。米作りを始めた編集者 ~里山十帖(前編)

  • 文 川島蓉子 写真 鈴木愛子
  • 2016年12月14日

雄大な山と森に囲まれた環境

写真:古民家を改装した「里山十帖」。落ち着いたシックな造り 古民家を改装した「里山十帖」。落ち着いたシックな造り

写真:太い梁(はり)が縦横に走るロビー空間は、思わず眺め入ってしまう場 太い梁(はり)が縦横に走るロビー空間は、思わず眺め入ってしまう場

写真:モダンな照明や家具が、居心地の良さを生み出している モダンな照明や家具が、居心地の良さを生み出している

写真:近隣の田んぼで営んでいる米作り 近隣の田んぼで営んでいる米作り

写真:収穫した稲を昔ながらの手法で干している 収穫した稲を昔ながらの手法で干している

写真:旬の「赤カブ」スープ。見た目の美しさとおいしさが満載 旬の「赤カブ」スープ。見た目の美しさとおいしさが満載

写真:『自遊人』編集長であり「里山十帖」を率いる岩佐十良さん 『自遊人』編集長であり「里山十帖」を率いる岩佐十良さん

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 東京駅から新潟へ向かう上越新幹線に乗って1時間あまり。越後湯沢駅から車で20分ほどのところに「里山十帖」という宿があります。懐深い山と森に囲まれ、近隣に何もない立地は、自然の荘厳さを身近に感じる場。冬は数メートルの雪が積もる豪雪地帯といいます。その風景にしっくりなじんだ古民家が「里山十帖」です。

 しかもここ、宿を営んでいるだけでなく、『自遊人』という雑誌の編集部でもあるのです。『自遊人』は、「Ecological, Creative, Organic. We’re designing lifestyles.」をうたったライフスタイル誌で、書店で気になっていた雑誌のひとつ。その母体が、生まれ故郷である新潟県にあると知って驚きました。

 聞けば2004年、東京の日本橋から、新潟の南魚沼に移転したのだそう。どうして拠点を移したのか、どういう経緯で「里山十帖」を始めたのか、強烈な好奇心が湧いてきました。そして、代表取締役でありクリエーティブディレクターを務める岩佐十良(いわさ・とおる)さんの話を聞きに行ったのです。

自分の雑誌を創りたい-『自遊人』を創刊

 訪れて驚いたのは、空間の持っている豊かさです。隣町から移築したという150年の歴史を持つ建築物は、総ケヤキ、総漆塗りで、どっしりした存在感を放っています。人が過ごしてきた空間が抱いている温かみや、精緻(せいち)な日本の技が施された建物ならではの上質感は、新しい建物がどんなにがんばっても醸し出せないもの。特に、入ってすぐのロビーは大きな吹き抜けになっていて、太い梁(はり)が縦横にわたっています。
 また、空間の随所にモダンデザインが配されているのも特徴。イサムノグチの照明や、アルネ・ヤコブセンのエッグチェアなどが、時の経過を経た空間を彩ることで、古臭さに陥らず、時代にフィットした居心地の良さを生み出しているのです。

 宿については触れたいことが山ほどあるのですが、それは次回にまた。まずは仕掛け人の岩佐さんのストーリーから始めたいと思います。

 岩佐さんは1967年、東京・池袋の生まれ。武蔵野美術大学でデザインを学び、4年生の時に編集プロダクションを始めたそうです。「周囲にデザイナーとして卓越した才の持ち主がいて、これじゃ勝てないと思っていた矢先、ある人から編集をやってみないかと薦められたのです」。それで起業したというのですから、学生時代から既に、強い決断力と意思を持っていたのです。

 デザインを学んだのに、なぜ編集者になったのか――「デザイン、アート、文章など、幅広い分野を俯瞰(ふかん)して表現できる人は限られている。それが編集という仕事であり、君はむいている」と言われたのだそう。確かに編集とは、理論で組み立てながら、感性で表現することが求められる仕事。多面的に俯瞰する視点と、局所的に突き詰める視点の双方が必要です。そうやって岩佐さんは、編集の道を勧めてくれた人から仕事を発注されるかたちで、学生向けのPR誌を作る仕事を始めたのです。

 時代は90年代初頭。世の中はバブル景気の余波が続いていて、手がけた雑誌はヒットしたのですが、やればやるほど仕事が増えていく。大学を辞めて仕事に専念し、目まぐるしい日々が続く中、「依頼されて作るのではなく、自分の雑誌を創りたい」という思いが募っていったそう。とうとう2000年、33歳の若さで『自遊人』という雑誌を立ち上げることに。『フロムA』や『TOKYO WALKER』など、それまで手がけた雑誌で旅や食への関心が強かったこともあり、「Ecological, Creative, Organic. We’re designing lifestyles.」というテーマを掲げ、温泉と食にこだわりながら、衣食住にまつわるモノやコトを紹介する雑誌を始めたのです。同時に、日本の“本物の食”--「無添加・国産食材・伝統製法」をキーワードに、おいしい米やみそなどの調味料、野菜などを扱う販売事業もスタートしました。 

当初は「おおよそ2年」のつもりで

 日本各地を取材で訪れると、地方の風土が育んだおいしいものがたくさんあることに気づかされます。とともに、真摯(しんし)に農業に携わっている人の思いがあふれていて、心が動きます。そしてもっと伝われば、多くの人が喜ぶに違いないと感じてきました。それを前に進めたのが岩佐さんの食品販売。「人が食べる、着る、住まうといった行為や体験は、雑誌が媒介となり“伝える”ことはできても、“経験する”までにいたらない。雑誌と販売を一緒に行うことで、実体験まで提供できる=心身に伝えられると考えました」

 しかし一方、なぜ拠点を東京から南魚沼に移したのか、疑問が残ります。聞けば、『自遊人』でお米特集を組んだことがきっかけだとか。調べるにつれ、どういう農法でどう作れば、おいしいお米ができるのか、それはコストと見合っているのかどうかを知りたくなったのです。知識レベルでなく体験レベルで身につけたい。モノ作りの現場で「無添加・国産食材・伝統製法」を突き詰めたいという思いが強まっていった。それで、編集の拠点を地方に移しました。「オフィスはどこに構えても仕事はできる。ダメだったらまたもどってくればいいと思って」

 2004年、南魚沼で田んぼを借りて米作りを手がけながら、雑誌の編集を営むことに――「当初は、おおよそ2年くらいと考えていましたが、実際にやってみると、わかっていたようで、実は何もわかってはいなかった。東京から見て考えただけの“傲慢(ごうまん)”だったのかもと考え直し、腰を据えて米作りに携わりながら、全国を飛び回って編集の仕事を続けることにしたのです」

 それがどうして、宿を開いて運営するまでにいたったのか。ジェットコースターのような物語について、次回に追ってみたいと思います。

■里山十帖(さとやまじゅうじょう)
新潟県南魚沼市大沢1209-6
http://www.satoyama-jujo.com/

PROFILE

川島蓉子(かわしま・ようこ)

伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト。
1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科終了。多摩美術大学非常勤講師。 日経ビジネスオンラインや読売新聞で連載を持つ。著書に『TSUTAYAの謎』『社長、そのデザインでは売れません!』(日経BP社)、『ビームス戦略』(PHP研究所)、『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)、などがある。 1年365日、毎朝、午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続けている。
ifs未来研究所 http://ifs-miraiken.jp

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