山道具日記

<41>山を好きにさせてくれた「ゴローの登山靴」

  • 写真 野川かさね 文 小林百合子
  • 2016年12月13日

コチラは野川さんのゴロー。「ブーティエル」という軽登山靴。10年近く使っていても型崩れすることなく、堂々とした姿!

  • コチラは野川さんのゴロー。「ブーティエル」という軽登山靴。10年近く使っていても型崩れすることなく、堂々とした姿!

  • 足首周りには柔らかい革が配置されていて、圧迫感なし。goroのロゴもかわいい。オーダーメイドは職人さんの手作りなので、数カ月待つことも覚悟しましょう

  • 使用後の手入れは、軽く水拭きして汚れを落とし、しっかり乾燥。その後栄養&防水クリームを塗ってブラッシング。この作業がなんだかとてもいとおしくなってしまうのがゴローマジック!

  • ソールはビブラム。くたびれてきたら入院させて張り替えてもらいます。いつもピカピカに磨いて戻してくれるゴローさん、ありがとう!

 登山を始めようと思ったとき、一番に買うのが登山靴。高い買い物だし、絶対失敗できない道具だけれど、機能と同じくらい、愛着もとても大切なのだと教えてくれた、何より大切な山道具です。

    ◇

 登山をする機会というのは、意外と唐突にやってくる。もちろん、ずっと憧れて、しっかり準備や計画をして、いざ!という人もいるだろうけれど、たまたま友人に誘われてとか、飲み会中にノリで決まってしまって……というのもよく聞く話(とくに急に盛り上がって決まっちゃう富士登山とか)。

 私の場合は仕事で、もともと自転車の専門誌を担当していたのに、急に「ちょっと奥多摩の紅葉取材に行ってきてよ」という青天のへきれき命令で、しぶしぶ山を登ることになったのだった。

 1週間ほどでバタバタと登山道具をそろえなければならなかったので、あれこれ吟味する余裕はなく、とりあえず大型の総合登山用品店へ行って、店の人に言われるがまま、主に値段重視で道具を選んだ。だって、靴やら雨具やらバックパックやら、登山道具をいっぺんに一式そろえようと思うと、軽く十万円くらいかかる。スペックがどうとか、デザインがどうとか、ブランドがどうとか、しがないサラリーマンはそんなことは言ってられないのだ。

 デザインや色がダサくて気に入らない……というのは命に関わることじゃないから我慢できる。でも、例えばバックパックが合わなくて肩が痛いとか、靴が合わなくてつま先が痛いという不具合は、登山活動そのものにストレスを及ぼす。もしかしたらちょっとしたことが大きな事故につながるかもしれない。今ならそんなふうにも考えられるけれど、当時はまったくもって頭が回っていなかった。

 案の定、テキトーに買った登山靴は足に合わず、終始つま先の痛みに苦しんだ登山デビューとなった。無論、まったく楽しめず、嫌な思い出だけが残った。かといっておいそれと買い替えられるような値段のものではないから、それから2年ほどは我慢して使った。登山そのもののがまず苦痛なのに、そこに身体的苦痛まで伴って、山は苦行であるという諦観(ていかん)すら持ち始めていた。

 そんなとき、友人に教えてもらって訪れたのが、東京・巣鴨にある登山靴専門店「ゴロー」だった。日本でも数少ない、オーダーメイド登山靴が作れる店で、しっかりと足型を取って、足のくせなんかも忠実に靴に反映してくれるという。かの冒険家・植村直己の靴も作っていたという、スゴイ店なのだ。

 店主のゴローさんこと、森本勇夫さんは山男であるけれど、まったく威圧感のない人で、「テキトーに登山靴を選んだら足が痛くてつらい」という、本当にどうしようもない私の失敗談も、「それはしんどかったねえ。でも今度は大丈夫だから」と笑って聞いてくれた。

 約1カ月後に届いた「私オリジナル」の登山靴は、革がピカピカと光る堂々たるたたずまいだった。化学繊維を使った靴に比べると少し重いけれど、「自分が体力をつければいいだけの話だ!」といやに前向きになれた。登山道具の手入れなど一切したことがなかったのに、この靴だけは家に帰るなりすぐ洗って干し、丁寧にクリームを塗り込んだ。つまり、この靴が大好きになったのだ。

 あれから7年。ソールを一度張り替えて、私のゴローはまだ現役だ。この靴で台風の中の山も歩いたし、一歩間違えたらまっさかさまに落ちて死ぬのでは? という断崖の山も歩いた。アラスカもアメリカのロングトレイルも、本当にいろいろ。気づけばあれだけ嫌いだった山にどっぷりはまっていて、人生本当に何が起こるかわからないなと感じる今日この頃だ。

 思えば、早くゴローの靴が履きたい! その一心でせっせと山に通っていたような気がする。もっと履き込んでいい味を出したい。それでいい感じに育った靴をゴローさんに見せたい。そんなことを真剣に思っていた。もしあのとき、ゴローの靴に出会わなかったら、もしかしたら私は山なんか好きになっていなかったかもしれない。そう想像すると、運命の山道具との出会いとは、じつはとてもてもスゴイことなんだなあと思うのである。

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PROFILE

小林百合子(こばやし・ゆりこ)

編集者。1980年兵庫県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、アラスカ大学フェアバンクス校で野生動物学を学ぶ。出版社勤務を経てフリーランスに。山岳・自然をテーマに雑誌や書籍の編集を手がける。2010年に女性向け登山雑誌『Hutte』(山と溪谷社)を立ち上げ、女性らしい視点で登山や自然の楽しみ方を提案した。著書に『山と山小屋』 (野川かさねと共著、平凡社)、『山登りのいろはーたのしい登山のヒント集』『一生ものの、山道具』(ともにホシガラス山岳会著、パイ・インターナショナル)など。



野川かさね(のがわ・かさね)

1977年生まれ。神奈川県出身。雑誌、書籍で活動するかたわら、ライフワークとして山を撮り続ける写真家。著書に『山と写真』(実業之日本社)、『山と山小屋』(小林百合子と共著、平凡社)、『山登りのいろはーたのしい登山のヒント集』『一生ものの、山道具』(ともにホシガラス山岳会著、パイ・インターナショナル)など。

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