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お魚と心中する道を選んだ男。『さかなクンの一魚一会』

  • 文・長谷川彩
  • 2016年12月19日

撮影/猪俣博史

写真:『さかなクンの一魚一会~まいにち夢中な人生!~』さかなクン 講談社 1404円(税込み) 『さかなクンの一魚一会~まいにち夢中な人生!~』さかなクン 講談社 1404円(税込み)

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 日本植物学の父と呼ばれる牧野富太郎(1862-1957)は、とある随筆のなかで自らを「植物の愛人」と称し、人生を「植物と心中を遂げる」という言葉で表現した*。現代の日本にも、そんな男がひとりいる。お魚の愛人となり、お魚と心中する道を選んだその男。名を「さかなクン」という。

 『さかなクンの一魚一会~まいにち夢中な人生!~』は数々のお魚本を刊行してきたさかなクン初の自叙伝である。まず、書名が最高だ! 「いちギョいちえ」。今、目の前にいるお魚との出会いは、二度と繰り返されることのない、一生に一度のかけがえのないものなのである。すでにお魚への愛がムンムン。一気に読む気をそそられる。

 内容はというと、さかなクンの子ども時代(稚魚時代)から現在に至るまでの、お魚とともに歩んできた半生がつづられている。運命を変えたウマヅラハギちゃんとの出会い、初めての釣りで釣り上げたマハゼちゃん、はく製作りに挑戦したカワハギちゃん、中学校の理科室で飼ったカブトガニのカブちゃん(ちなみにこのとき、一般人で初の人工孵化〈ふか〉に成功。すギョい)。「水槽学」部だと思って入った吹奏楽部。高校を卒業して水族館、熱帯魚屋さん、おすし屋さんと「お魚への道」を模索し、お魚なら何でもいいというわけではない理想と現実の差に悩む青年さかなクンの姿も、なんというか、リアルだ。そんなさかなクンがいかに現在のさかなクンとしての地位を築き上げたのか、ぜひ本書を読んで確かめてみてほしい。

特筆すべきは、さかなクンのお母さん

 さかなクンは、周りの大人や友人にとても恵まれていたと思う。なかでも特筆すべきは、さかなクンのお母さん。彼女は、さかなクンのことを一度たりとも否定したことがなかった。小学校低学年の息子が放課後1人で二駅も先の魚屋さんへ行くことを許し、毎週のように地元の江ノ島水族館へ連れて行ってあげ、お魚に夢中になりすぎて授業についていけない息子のことを「これでいい」のだという。中学校に入って、吹奏楽部に入部するさかなクンの思いに応え、楽器屋さんで47万円のバスクラリネットの購入を即断即決する。好きなことを、好きなだけ。子どもの豊かな好奇心の芽を大人が摘み取る資格は、これっぽっちも、ない。さかなクンはそんな母のもとで、のびのびと大洋を泳ぎ、育っていった。

 さかなクンのお魚を愛する気持ちは、あまりに尊くて、うそ偽りがなくて、まっすぐで、やさしい。だからこそ、老若男女から愛されるのだと思う。わたしは、世界でたったひとりしかいない「さかなクン」を生きる彼の人生に、彼の在り方にひっそりと私淑している。

*牧野富太郎『なぜ花は匂うか』平凡社

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PROFILE

長谷川 彩(はせがわ・さい)

湘南 蔦屋書店 児童書コンシェルジュ。新卒で入った会社をたった1年で退職した後、北海道富良野でラベンダーに囲まれ半年を過ごす。 滞在中「私には本しかない」と悟り、帰郷。現在は、選書集団BACHにも所属し、武者修行中。 いつか直接お礼を言いたい命の恩人(=それはもう影響を受けた人)に松浦弥太郎、又吉直樹、西加奈子がいる。

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