川島蓉子のひとむすび

<7>集落はずれに「晴耕雨読の里」を ~里山十帖(中編)

  • 文 川島蓉子 写真 鈴木愛子
  • 2016年12月28日

写真:雄大な自然をのぞめる露天風呂 雄大な自然をのぞめる露天風呂

写真:入ってすぐの空間は、吹き抜けにたくさんの梁が走っている 入ってすぐの空間は、吹き抜けにたくさんの梁が走っている

写真:モダンな家具(アルネ・ヤコブセンのエッグチェア)と古い空間がマッチしている モダンな家具(アルネ・ヤコブセンのエッグチェア)と古い空間がマッチしている

写真:新潟和牛雪室熟成肉を秋野菜とともに 新潟和牛雪室熟成肉を秋野菜とともに

写真:「にえばな」は口の中に甘みが広がるおいしさ 「にえばな」は口の中に甘みが広がるおいしさ

[PR]

 「里山十帖」は、新潟県南魚沼市にある宿。前号で触れたように、ここは『自遊人』という雑誌の編集部でもあります。どうして雑誌の編集部が、新潟で宿を手がけているのか――「里山十帖」の代表取締役でありクリエーティブディレクターを務める岩佐十良(いわさ・とおる)さんにお話を伺いました。

>>「里山十帖」写真特集 つづきはこちら

「体験と発見こそが、真のぜいたくだと思うのです」

 宿の名前には、「里山で始まる十の物語」という意味が込められています。「食・住・衣・農・環境・美術・遊・癒・健康・集う」の十のテーマに沿った“ぜいたくな体験”を提供しようと考えてのことです。

 入るとまず、古民家ならではのどっしり落ち着いた雰囲気の空間に、アルネ・ヤコブセンの椅子やイサム・ノグチの照明など、世界から集めたモダンな家具が置かれていますし、館内の随所にモダンアートが配されています。そして12室ある客室は、一室一室、すべて内装が違います。私が滞在したのは、武蔵野美術大学とコラボしてデザインした部屋。低いベッドの裾の方に、座椅子が組み込まれた台座があって、そこに座ると窓外の景色が広がってくつろげます。テラスの一隅には露天風呂が、横にはモダンな椅子が置かれていて、屋外でゆったりするのもあり。バスルームにしつらえてあるアメニティーやタオル、ガウンも、オーガニックで使い心地が良いものが吟味されています。もちろん、布団や枕なども「良い眠り」にこだわって選び抜かれているのです。「体験と発見こそが真のぜいたくだと思うのです」という岩佐さんの言葉を実感しました。

 また、別棟にある露天風呂は、遠景に巻機山をはじめとする連山が、近景に森が広がっていて、さえぎるものが何もないのです。夜空の星を仰ぎ見ながら、あるいは早朝の鳥のさえずりを耳にしながら、思いっきり心身をくつろがせることができる――これが雪景色だったら、冴え冴えとした風情を満喫できるに違いありません。

 そして“ぜいたくな体験”のひとつがゴハン。野菜も米も調味料も“顔が見える”生産者のものを使い、「添加物は使わず、生産者の人柄が、できれば出るような料理を心がけています」と岩佐さん。たとえば「赤かぶのスープ」は、新潟県山北地方の焼き畑で育った赤かぶを、ポタージュ状のスープに仕立てたもの。丸ごとの赤かぶを器に見立て、葉の部分も添えてあります。魚沼の秋の野菜を盛り込んだ一皿には、柿の白あえや山ぶどう、生のくるみなどが、木の葉とともに盛り込んであって、山の風味を体感することができます。そして圧巻は「ごちそう<御>飯(はん)」と名付けられた一品。土鍋で炊き上げたお米を、まずは「にえばな」と言って、蒸らす前の状態でひとくち。ふわっとした甘味と確かな食感が口の中に広がります。一息おいて、今度は十分に蒸らしたゴハンを――こちらは、ふっくらもっちりした味わいです。

2年かけて、課題を一つひとつ解決

 2012年。岩佐さんは、『自遊人』の編集部を東京から南魚沼に移して8年経ち、他の場所への引っ越しを考えるようになっていました。集落はずれの里山で、「晴耕雨読の里」のような施設を運営したいと思ったから、といいます。

 そんな折に舞い込んできたのが、南魚沼市で宿をやってみないかという誘いでした。隣町から移築した150年の歴史を持つ古民家の温泉旅館が廃業するから、そこを引き受けないかという話だったのです。さっそく見に行ったところ、総ケヤキ、総漆塗り、太い柱と梁(はり)が走っている建物で、ぜいたくな材料と技術が込められた物件。周囲の環境も、目の間は棚田が広がり、正面には日本百名山の巻機山(まきはたやま)がそびえている。「これ以上の場はのぞめない」と思い、この地で宿をやることを決心したのです。ただ「初めての経験だったこともあり、リノベーションして作り替えるには、ゼロから作る以上の手間ひまがかかることになりました」(岩佐さん)。断熱、防音、振動対策など、想定していなかった課題が次々と立ちはだかり、一つひとつ解決しながら、約2年かけて「里山十帖」を作ったのです。

 ひと晩を過ごしてみて、体験したことのすべてが価値となっていると感じました。大自然に心身で触れたこと、滋味深い料理を味わったこと、快適な眠りをむさぼったこと、何度も湯に浸ったことなどなど、浮かび上がってくるシーンは、その時その場で感じた心地と一緒に心に残っているのです。「また行きたい」という思いが残り、リピーターが多いのもうなずけます。あえて欲張りをひとつ言えば、「ちょっと行き届き過ぎかも」と思うくらいのサービスが加われば、体験の奥行きがもっと広がるように思いました。

 次号では、岩佐さんが地域とどのようにかかわってきたのか、地域をどうしたらいいと考えているのかについてお伝えします。

>>「里山十帖」写真特集 つづきはこちら

■里山十帖(さとやまじゅうじょう)
新潟県南魚沼市大沢1209-6
http://www.satoyama-jujo.com/

PROFILE

川島蓉子(かわしま・ようこ)

伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト。
1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科終了。多摩美術大学非常勤講師。 日経ビジネスオンラインや読売新聞で連載を持つ。著書に『TSUTAYAの謎』『社長、そのデザインでは売れません!』(日経BP社)、『ビームス戦略』(PHP研究所)、『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)、などがある。 1年365日、毎朝、午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続けている。
ifs未来研究所 http://ifs-miraiken.jp

&wの最新情報をチェック


&wの最新情報をチェック

Shopping