新・歌舞伎座にも「祝祭性」を 隈研吾(1)

  • 2013年3月26日
隈研吾さん(撮影 渡辺誠)

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 4月によみがえる東京・東銀座の歌舞伎座を設計した建築家の隈研吾さん(58)。歌舞伎座に込めた思いや、「負ける建築」を自称する、その建築観。世界第一線で活躍する隈さんが語った本音を2回にわけてお届けする。

 ◇

―― 歌舞伎座の開場に先駆けて、夜のライトアップも始まりました。ワクワクしますね。

隈 新しい歌舞伎座は東京の祝祭空間として、観劇に来る人だけでなく、街を行くすべての人にとって、春夏秋冬、朝から夜まで、待ち合わせ場所になってほしい、という思いがありました。光に照らされた建物は、まさしく晴れやかな時間を語るようで、僕もうれしくなりました。

―― このプロジェクトは10年にわたって手がけられたとうかがっています。

隈 歌舞伎座は東京の歴史と文化を象徴する建物でしょう。先代までの建物に、いろいろと思い出や愛着のある方がたくさんおられます。そんな建物の建て替えというのは、建築家にとっては栄誉以上に困難なミッションで、いつも以上に悩み、考え抜きましたね。建物のデザインはもちろんですが、導線やディテールにも普通の3倍くらいの時間と手間をかけました。

―― たとえば、どんなところですか。

隈 1階の地下鉄出口から、雨に濡れないで正面玄関を通れるようにしたところなどです。今度の歌舞伎座は、地下鉄「東銀座」駅に直結しています。でも、歌舞伎を観る人は、1階の正面玄関にある唐破風の屋根を通ることで、ああ、これから舞台がはじまる、と感動を覚えるわけです。そういうところを大事にしたいと思ったんです。

―― 使う側は、意外と意識しないところですね。

隈 気づかれずに、いい気分になってもらうことが大事なんです。反対に、地下直結の広場は、地下鉄の灰色の空間から、歌舞伎の鮮やかな赤へと劇的に色彩が変わることで、ハレの気分を演出しました。歌舞伎独特のギラッとした赤や、装飾の提灯などは、通常は現代の建築には使われないものです。というか、僕たち建築家は、そういうものを使うな、と教育されてきた。最初は心配でしたが、取り組んでみたら、これがすごく面白かったですね。

―― 舞台の方はどうでしょうか。

隈 客席の席数は変えずに、椅子の幅を3センチ、奥行きを6センチ広げて、座り心地を追求しています。それまで客席にあった柱も取りのぞいて、どこからでも花道が見えるようにしました。観劇の環境をよくすることも、設計者にとっては大きな課題だったんです。

―― 地上29階の超高層ビルと一体の建て替えでしたので、どうなることかと心配でしたが、馴染みのある歌舞伎座が踏襲されて、ファンたちはほっとしていると思います。

隈 現代風なハコ型建築を作って、その中に歌舞伎座も入れればいいじゃないか、という意見も寄せられたのですが、僕の中では、唐破風に象徴される「祝祭性」を絶対に継承すべきだ、という確信がありました。それを貫くことができてよかったと思っています。

―― ひとつ間違えると、建築家の自己主張が目立つ、奇抜な建物になった可能性もあったと思うのですが。

隈 実は、僕の前世代のスター建築家が作った、エバった建築、自己主張の強い建築というものが大嫌いで、そういうものに対するアンチをずっとやってきた、という思いがあります。
僕の高校時代は、日本の高度経済成長と重なっていて、建築が時代の花形だったんです。それで僕も建築家にあこがれたのですが、当時から、あまりにピカピカしているものはニセモノじゃないか、いずれダメになるんじゃないか、ということは感じていました。
たとえば僕が高校時代に見に行った大阪万博(1970年)では、アメリカ館とかソビエト館とか、強くてエラそうな建築が花盛りでした。でも、そういう大きくて派手な建築ではなく、フランス館のカフェで使われていたトレーのデザインに感心したり、公園の中にあるようなスイス館のたたずまいに惹かれていたりしていましたね。(つづく=聞き手・清野由美)

〈インタビュー(2)はこちら〉

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 くま・けんご 建築家
 1954年、神奈川県横浜市生まれ。75年、東京大学大学院建築学科修了。コロンビア大学客員研究員、慶應義塾大学教授を経て、2009年より東京大学教授。
 主な作品は「水/ガラス」(静岡県)、「森舞台/登米町伝統芸能伝承館」(宮城県)、「石の美術館」(栃木県)、「梼原町役場」(高知県)、「ONE表参道」「サントリー美術館」「根津美術館」(東京都)、「アオーレ長岡」(新潟県)、「竹の家」(中国・北京市郊外)、「三里屯ビレッジ」「三里屯SOHO」(北京)、「ブザンソン芸術文化センター」(フランス)など国内外に多数。
 著書に『10宅論』(ちくま文庫)、『負ける建築』『自然な建築』『小さな建築』(岩波書店)、『日本人はどう住まうべきか?』(日経BP社・養老孟司との共著)など多数。
最新刊『建築家、走る』(新潮社)では、疾走する建築家として世界のパラダイム転換を解き明かしつつ、隈ならではの文明論、建築論を縦横に語っている。


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