|
|
|
小津安二郎のいくつかの映画に「カロリー軒」という飲食店が登場する。カロリーが疎まれる前の映画だ。トンカツを供する店で、当初は字面だけだった看板には、やがてぶたの姿が描かれる。
愛らしい。
ぶたのアイコンに愛嬌を感じるのは私だけではない。そう確信するのは、街を歩いてトンカツ屋の看板をみる時のことだ。四足のぶたが描かれている。直立したぶたが描かれている。フライパンを片手にコックコートを身にまとって微笑むぶたが描かれている。
自らの運命に無頓着な彼らの呑気さを、私たちは哀れむことをしない。その戯画化されたイメージをおかしむことと、その肉を味わうことを、私たちはふたつながらに楽しんでしまうようだ。豚肉を食べているのにぶたの姿が愛おしい。そんな私の心をくすぐる書籍がある。
『Pig: Cooking with a Passion for Pork』は、ロンドンで“The English Pig”というレストランを営むジョニー・マウンテンによるレシピブック。マウンテンはヘストン・ブルメンタールのThe Fat Duckなどの厨房に立った後に独立したシェフである。鴨/家鴨からぶたへの宗旨替えについては、おそらく他でも言及されているのでここでは掘り下げないでおこう。 『Petit traite de philosophie charcutiere』は、ビストロノミーという造語を生んだ料理ジャーナリスト、セバスチャン・デモランとイラストレーターのヴァンサン・モレルによるバンド・デシネ(漫画)だ。シャルキュトリ(豚肉加工品)の哲学についての小論と称して、ナンセンスな命題がユーモア交えて描かれている。
『Pork & Sons』の著者ステファン・レイノーはパリ近郊モントルイユのレストランVilla 9 Troisのオーナー・シェフ。肉屋であった祖父のことや、アルデッシュ県サン=タグレーヴで伝統的な食肉処理に従事する人々を紹介しながら豚肉料理のレシピを掲載した本書は、単なるレシピ本ではなく、命をいただくことについてのドキュメントにもなっている。冒頭で触れられる儀式の厳粛さにも関わらず、イラストはかわいく料理はおいしそうだ。
家畜となって野性味を失い、私たちにとって近しい存在となったぶた。私たちはその生々しい近しさをそぎ落としてはじめて、その肉を楽しむことができるのかもしれない。戯画化の儀式は生々しい現実味を忘れさせる上で有効なようだ。
だが、養豚業者と近しい人から聞いたこともある。おいしい肉になるぶたはいい顔をしている、と。現実のレベルで。
◇
『Pig: A Passion for Pork』(Duncan Baird Publishers)
Johnnie Mountain(著)
4,200円(税込み)
『Petit traite de philosophie charcutiere』(Rouergue)
Sebastien Demorand / Vincent Sorel (著)
2,890円(税込み)
かつては、映像の世界で翻訳のディレクターを務めながら、フランス料理を学んでいたが、料理と本への愛が募って、代官山 蔦屋書店の料理コンシェルジュとなった。専門料理書や洋書のMDを主に担当している。
子どもから大人まで楽しくスイーツ作り!電源不要のローリングアイスボール
蒸し暑い夏を乗り切るためのヒット商品をセレクト