シネマな女たち

ありのままで、そのままで 映画監督・河瀬直美(3)

  • 2013年6月17日
河瀬直美さん (いずれも堀内義晃撮影)

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  • 河瀬直美さん

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  • 河瀬直美さん

 2012年6月、河瀬直美さん(44)は「TEDxTokyo(テデックス・トウキョウ)」のステージに立っていた。さまざまな分野の第一人者がプレゼンテーションするイベントで、会場を埋めた数百人、インターネット中継で見ている多くの人に向けて、こう語りかけた。

 「国際映画祭は、人と人を結ぶ。これは奇跡ではないですか?」

 この世に生を受けたことに自信が持てず、立ちすくんでいた自分を世界へと導いてくれた映画祭。その力の大きさを河瀬さんは訴えた。

 「萌の朱雀」(1997年)でカンヌ国際映画祭の新人賞にあたるカメラドールを史上最年少で受賞して「田舎の何もできない女の子」は国際的な知名度を得た。仕事の幅は広がり、映画だけではなくテレビCMやアーティストのプロモーションビデオ、小説と、さまざまな分野に挑んでいく。受賞後まもなく結婚もした。

 もう、ほんまに仕事、仕事ばっかりで。だんだん「本当の自分はどこにおるん?」と感じるようになって。自分がどこかへ行ってしまいそうな気がしていました。

 00年に離婚を経験すると、自己嫌悪に悩まされた。カメラを通じて世界と切り結び、ひたすら撮り続けてきた。表現者としての客観が、混沌の中にいた自分をすくい上げてくれたと思っていたのは、うそだったのか。原因不明の腹痛に襲われて救急車で運ばれることもあった。

 肥大する河瀬直美像を持てあまし、実人生でも、もがき葛藤する様子は、ドキュメンタリー「きゃからばあ」(01年)に刻まれている。ほどなくして、認知症を発症した養母の介護にも直面した。

 今の夫と巡りあった後、おばあちゃんの介護と長男の出産が重なったころは本当にしんどかった。でも、そのすべてが今につながっている、とも思うんです。

 出産後しばらくは、圧倒的な生命力を見せる息子と、弱っていくおばあちゃんが、まるで対立する存在かのように感じて、混乱しました。でも、息子がハイハイを始めるころ、おばあちゃんの症状にも変化が現れたんです。

「ぼん、ぼん」と呼びかけ、子守歌を歌ってあやす声は、昔と変わらず、やわらかい響きでした。しわだらけの手に抱かれて、おばあちゃんの心臓の鼓動を聞きながら眠る息子。ああ、命はつながっているんだ、順送りなんだ、と。

 カンヌでグランプリを受賞した「殯(もがり)の森」(2007年)には、そうした河瀬さんの心の軌跡が色濃く投影されている。幼い子どもを亡くして、がらんどうになった介護福祉士と、亡くなった妻との思い出の世界に生きる認知症の男性と交流をつづる物語。映し出されるのは、介護するものと、されるものという関係を超えた、魂の交わりだ。 この映画で、河瀬さんは初のプロデュース業に挑戦。出資協力を得るためパリに渡り、北野武、是枝裕和といった監督の作品の海外配給を手がけてきたフランスの大物プロデューサーを訪ねて直談判している。

 息子をおんぶしたままパリを歩いて。帰国後も2時間おきの授乳と、パリとの時差でふらふらになりながら、契約交渉をしました。

 日本なら締め切りを重要視して妥協点を探るけれど、向こうは納得いくまで何度でもやり直す。文化の違う相手との交渉は消耗する。言うことを聞いてくれないし、こちらの理屈も通用しない。でも、「これって子育てと似ているな」と、あるとき気付いたんです。「今は自分が引いた方が、かえってうまいことなるんちゃうか」ということもある、と知りました。こういう心理的なやり取りは、子育てで得たものでした。

 「殯の森」以降も、愛知県岡崎市の森の中にある、「吉村医院」での自然分娩を見つめるドキュメンタリー「玄牝−げんぴん−」(10年)、万葉集に想を得て、愛する人を待ち続ける男女を描いた「朱花(はねづ)の月」(12年)など、次々と作品を発表し続けている。

 監督デビュー作の「につつまれて」(1992年)で芽吹いたのは、自らを問い続ける視点と、繊細な表現力だ。それは、身の上に起きたすべてを引き受けることで、より強く、よりしなやかになった。

 表現の根底は、ずっと変わっていないと思うんです。たとえば、私は男の人を根源的に必要だと思っている。腕力とかそういうものではなくて、女性にはない何かを持っている人として、異性が必要というか。

 だから、社会的動物として男はこうあるべきとか、女はこうとか、とっぱらってしまいたい、というのはあります。男子と女子は絶対的に違う生き物で、お互いを必要としている。「生きているありのまま、そのままでいいんだよ」ということを、私の映画のすべての登場人物に言わせたいというのはありますね。

 10年間、介護を続けた最愛の「おばあちゃん」は昨年2月、眠るようにこの世を去った。96歳だった。
 亡くなった人の面影や、誰かを思う気持ち、気配、風――。人は、目に見えないものに心の支えを見つけたとき、一人でも立っていられる、と思う。
 映画監督・河瀬直美の表現したいもの。それはカンヌの授賞式でも、冒頭のTEDxTokyoでも聴衆に語りかけた、この一言に尽きる。
 おばあちゃんから、授かった言葉だ。

 「この世界は、美しい」

 (おわり)

 (&編集部 渡部薫)

    ◇

かわせ・なおみ
 奈良市生まれ。大阪写真(現ビジュアルアーツ)専門学校映画科卒業。劇場映画デビュー作「萌の朱雀」(1997年)でカンヌ国際映画祭新人監督賞を史上最年少受賞。その後、「火垂(ほたる)」(2000年)「沙羅双樹」(03年)「垂乳女/Tarachime」(06年)などを発表。「殯の森」で07年、カンヌ国際映画祭グランプリ受賞。今年5月に開催された同映画祭では日本人監督初の審査員に。近年は「なら国際映画祭」エグゼクティブディレクターとして新たな才能の発掘にも努めている。

【第1回】はこちら
 18歳。映画の神様が舞い降りた 映画監督・河瀬直美(1)

【第2回】はこちら 
ただ、父に会いたかった 映画監督・河瀬直美(2)


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