太陽のまちから

「自分いじめ」のスパイラルから抜け出そう

  • 文 保坂展人
  • 2014年3月18日

 卒業のシーズンです。

長かった学生生活に別れを告げて、社会人となる若者たちも、スタート前の緊張したひとときを過ごしているかもしれません。太陽の光が強くなって、桜の蕾(つぼみ)がふくらみ始めています。

 これからの時代、新社会人に何が待ち受けているでしょうか。先日、私はこのコラムに次のように書きました。

<日本の教育は、「滅私奉公」という言葉に象徴されるように、間断なき自己否定の蓄積によって社会や企業の歯車のひとつとして正確に稼働する人材をつくってきました。ただ、これからは経済成長一辺倒ではなく、成熟を志向する時代がやってきます>
 (「『自己肯定感』なき『人生』に成長は!? 」

「いじめ」をテーマにした教育シンポジウムで講演する機会がありました。教育ジャーナリストだった時代にいじめを受けてきた子どもたちや若者たちの手紙を読んで、声を聞いて、行き着いたひとつの言葉があります。それは、「自分いじめ」という言葉です。

いじめは、人間の存在と尊厳に対する「否定の攻撃」です。「くさいから離れろ」「おまえなんか顔も見たくない」「早く目の前から消えてくれ」と容赦ない言葉を投げつけた後で、大切にしているものを取り上げられたり切り裂いたり、捨てたりします。そこから陰湿ないたずらと暴力へと発展していきます。

ところが、どんなに苛酷ないじめでも、いつか必ず終わりがきます。転校や卒業によって学校という場を離れると、未来永劫続くのかとも感じられたいじめは途切れるのです。正確に言えば、他者からのいじめがなくなると言ってもいいのですが、問題はより根深くなる危険があります。

いじめにより、長い期間、あるいは激烈に「存在と尊厳」に対しての否定を受け続けていると、内面に自己否定が宿り、自分で自分を攻撃する「自分いじめ」の状態に陥るのです。「自分には何の取り柄もない」「自分は生きている価値のない人間だ」「自分は誰からも必要とされていない」と、内なる否定が魂を傷つけ続けてしまうようになるのです。

「自分いじめ」は、長期にわたる場合が少なくありません。「自分いじめ」と別の言い方をすれば、「自分で自分を承認する=自己肯定」より、「自分で自分を否定する=自己否定」の方が強い状態と言えるでしょう。

こうして、いじめの後遺症に悩む若者たちの声を聞きながら、「自分いじめ」は特別なものではなくて、日本の学校教育や企業風土に通じているのではないかと思い至りました。私たちの社会は「失敗しないこと」「ミスをしないこと」に強くとらわれています。

世田谷区の小中学生2600人を対象とした調査の中で気になる結果があります。

「自分自身が好き」についての質問では、「そう思う」と答えたのは、小学5年生が52%、中学2年生は32%でした。「他の人から必要とされている」については、「そう思わない」が小学5年生で59%、中学2年生で69%にのぼっているのです。

自己肯定感は、小学5年生(約5割)から、中学2年生(3割)になると減少し、他の人から必要とされているという意識も、小学5年生(4割)から中学2年生(3割)になると縮んでいく。突き放したように自分の現在と将来を見つめ、渋く低めの自己評価をする子どもの心象風景がかいま見えまるようです。

 官僚組織や大企業でも「成果をあげること」より、「失敗せずに何事もなく任期を終える」ことが評価の対象となってきた時期が長く続きました。「挑戦していい線までこぎつけたが結局は失敗した」ケースよりも、「できるだけ余分なことには手を出さないで、前例を踏襲してきた」ケースの方が評価が高い社会が続いてきたのです。

現実に子どもたちの間に「いじめ」が起きても、「いじめではありません」と事実を糊塗してしまおうとする風潮が強いのも、「いじめを認め、解決に向けた努力をした学校」より、「いじめは存在していないという学校」の方が評価されてきたからだと思います。 自分自身を低く評価し、厳しく律していく人材を大量に必要とした時代がありました。高度経済成長期の「期待される人間像」は、ハイと素直に指示に従う労働者をイメージしたものでした。 あれこれ考えたり、自分の意見を言ったりせずに、反復作業でも正確にミスなくこなしていける人材が求められていました。

ところが、時代は変わりました。新社会人となる若者たちの手がける仕事は、これから激しく変化していきます。正確な作業も求められますが、臨機応変の状況判断や創意工夫、さらには対外的な好印象を呼び起こす「人格の内面」や「身体的なふるまい」まで要求されます。

 働き始めたものの「存在と尊厳」がズタズタになり、「自分いじめ」の状態に陥って苦しんでいる人たちも少なくありません。

いい仕事をするには、プライベートな時間をしっかり持つことです。自分は自分であることを無条件に認めて、エネルギーを蓄える時間を大切にしてほしいと思います。背伸びをして「存在と尊厳」を蹂躙(じゅうりん)するような働き方は自分を傷つけるだけで、得るものは少ないと思います。むしろ、私たちの社会の評価軸が、減点法から脱する時が来ています。

このエントリーをはてなブックマークに追加
mixiチェック

PROFILE

保坂展人(ほさか・のぶと)

1955年、宮城県仙台市生まれ。世田谷区長。高校進学時の内申書をめぐり、16年間の「内申書裁判」をたたかう。教育ジャーナリストを経て、1996年より2009年まで衆議院議員を3期11年(03~05年除く)務める。2011年4月より現職。『闘う区長』(集英社新書)ほか著書多数。


&wの最新情報をチェック

Shopping