太陽のまちから

「バリアアリー」の高齢者施設の狙い

  • 文 保坂展人
  • 2014年4月15日

写真:「夢のみずうみ村 新樹苑」の入り口(世田谷区提供) 「夢のみずうみ村 新樹苑」の入り口(世田谷区提供)

写真:ホワイトボードには、利用者それぞれの予定が記されている(世田谷区提供) ホワイトボードには、利用者それぞれの予定が記されている(世田谷区提供)

 「夢のみずうみ村 新樹苑」という高齢者施設が世田谷区八幡山にあります。中庭に出ると、「みんな違って、それでいい」という大きな字が目に飛び込んできます。ここでは、従来までのデイサービスの概念を大きくくつがえす取り組みが行なわれています。

 ここは、かつて世田谷区立の高齢者施設「新樹苑」として開設され、長年地域に親しまれてきた場所です。私が区長になってから、民営化の検討をしたいという話があり、これからの時代にふさわしい意欲的な場であることや地域になじむ運営ができることなどをテーマに有識者に話し合ってもらいました。その後、事業者に決まったのが社会福祉法人「夢のみずうみ村」です。

 理事長の藤原茂さんは作業療法士で、介護の現場での経験を通じて独自の運営哲学を築いてきました。最大の特徴は、デイケアのプログラムが存在しないということでしょうか。利用者はまず、ホワイトボードを前に、自分の名前が書かれた札を取り出してから、午前・午後と時間帯ごとに、やりたいプログラムを選んではりつけていきます。「麻雀」「カジノ」「カラオケ」「陶芸」「木工」「パン作り」「編み物」「片手の料理」など、異色のメニューも並んでいます。

 ホワイトボードに並んでいる利用者の皆さんのプログラムは人それぞれで、同じものはありません。昼時の「バイキング(昼食)」はほぼ共通していますが、ほかにも「入浴」「映画」「何もしない」「ボッとする」「新聞を読む」などがあり、バラエティーに富んでいます。「自己選択・自己決定」が原則です。

 なかでも「パン作り」は人気のプログラムです。なぜなら、町のパン屋さんにあるようなパン焼き機を使い、熟練してくればおいしいパンを自分で焼いて、孫へのおみやげにもできるからです。陶芸教室にあるような本格的な電気窯を使える「陶芸」も人気です。木工室には電動工具が一通りそろっていて、何でもつくることができます。カラオケは最新の通信カラオケが導入されています。こんなに設備投資して大丈夫だろうかと心配になるぐらい、利用者が夢中になって打ち込めるツールがそろっているのです。

 さらに、村内通貨「YUME(ユーメ)」というユニークな仕組みもあります。利用者が各プログラムに参加する時に、このユーメを支払い、施設内で調理の手伝いをしたり、見学者を案内したりしたら、ユーメを獲得できます。また、血圧や体温を測定したり、カジノのゲームで稼いだりすることもできます。施設内でのみ使える「通貨」を介することで、利用者の動機づけを促しているのです。

 館内を歩いてみると、「○○坂」と名づけてある場所があります。水平の廊下にわざわざ傾斜をつけているのです。藤原さんはなんと「バリアアリー」と呼んでいます。坂だけでなく、段差や階段など、日常で遭遇する可能性のあるバリアが意図的に配置されています。

 どこにも手すりがあって、段差がない施設は、高齢者が自らがんばって、身体を回復させようとする意欲を奪ってしまうというのです。これぞ、介護の現場での逆転の発想から生まれた、夢のみずうみ村の哲学です。

 したがって、食事もバイキングスタイルをとっています。「上げ膳、据え膳」ではなく、何をどれだけ食べるのかを自分で決めてもらうため、高齢者を受け身や指示待ちにしない工夫でもあるそうです。

 私がこれまで見てきたデイサービスは、利用者全員が一斉に体操をしたり、歌を歌ったり、ゲームをしたりというスタイルでした。女性が多く、男性の割合が少ないというのも特徴でした。

 ところが、夢のみずうみ村では男性が多いのです。

 長い人生を生きてきた高齢者が自らの尊厳を保ちながら、若い時に持っていた好奇心を掘り起こし、仲間をつくって楽しむことで認知や身体機能を回復していくというのが「藤原式介護」の極意のようです。実際に、バリアアリーの施設内を歩き、また熱心にプログラムに参加することで、杖がいらなくなってしまった利用者もいるとのことです。

 区立の高齢者施設として地域に開かれた場であるという特徴も引き継いでいます。毎年夏には、にぎやかな盆踊り、そして新年には餅つき大会が行なわれます。大勢の親子連れでとてもにぎやかになります。また、カラオケや陶芸教室などは一般区民へも開放されています。

「夢のみずうみ村 新樹苑」の毎日は、高齢化時代の介護とリハビリのひとつの希望を示しているように思います。

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PROFILE

保坂展人(ほさか・のぶと)

1955年、宮城県仙台市生まれ。世田谷区長。高校進学時の内申書をめぐり、16年間の「内申書裁判」をたたかう。教育ジャーナリストを経て、1996年より2009年まで衆議院議員を3期11年(03~05年除く)務める。2011年4月より現職。『闘う区長』(集英社新書)ほか著書多数。


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