東京の台所

<64>四谷の狭小住宅。もう一度引っ越しを

  • 文・写真 大平一枝
  • 2014年5月14日

〈住人プロフィール〉
 ウェブサイト製作(女性)・47歳
 戸建て・4K・JR山手線 四ツ谷駅(新宿区)
 入居6年・築6年
 夫(会社経営・45歳)、長女(16歳)との3人暮らし

 敷地は8.8坪。3畳×2部屋、4畳半、ダイニングが6畳の3階建てという、いわゆる狭小住宅である。四谷の住宅密集地で、どの窓を開けても隣の家が迫る。

 だが、隣家と視線が合わない位置に窓をとり、3階から玄関まで階段室を通して日差しが入る開放感あふれるつくりで狭さを感じさせず、よく考えられた設計だ。

「私は自宅で仕事をするので、仕事部屋が欲しかったのですが叶いませんでした。だから、台所の横に組み立て家具を置いて、ワークスペースにしています。おかげで、台所をすぐ片付けるようになりました」

 と、住人は語る。

 台所と机との間に仕切りはない。シンクの洗い物がたまっていたり、醤油や油の匂いのする横で仕事をしたくないので、食べたらすぐきれいに片付ける癖がついた。料理は仕事の合間の気分転換にもなる。

 そんなわけで、狭さのためにしかたなく配置した間取りだが、今はとても気に入っているという。

 東京生まれの埼玉育ち。結婚して夫の実家の千葉に住んだ。ところが、都心の職場まで片道1時間半かけて通っていた夫が、「このまま仕事だけをして年をとるのは嫌だ」と音を上げた。一念発起し、仕事場に近い新宿区四谷に1LDKのマンションを買ったのは12年前のことである。

 快適になった夫とは逆に、妻は「なんでこんな都会に来ちゃったんだろう」と途方に暮れた。

「4歳の娘は遊ぶところもないし、私は知り合いもいない。もともと海や山に近い田舎に住むのが憧れだったので、ずいぶん長い間なじめませんでした」

 しかし、保育園に預けると、次第にママ仲間が増え、新宿御苑や迎賓館前など緑豊かなスポットが多いことにも気づいた。小学校に上がると、子どもが少ないため、PTAの役員をやらざるをえない。そこでもまた地元の友だちが増えていった。

 いよいよ1LDKでは手狭になり、6年前、近所に土地を見つけた。建築家の設計でできあがったのが今の家である。

「なにしろ狭いので、モノを持ちすぎないように気をつけています。冷蔵庫の中も、ぎゅうぎゅうしているのは息苦しくていやですね。できれば調味料の瓶も持ちたくない。その日の食料だけ入れて、使い切るのが理想です。家族がいると、なかなかそういうわけにはいきませんが」

 家を建ててから、夫は自家焙煎(ばいせん)コーヒーや、ダッチオーブンを使ったスモークにハマりだした。ステンレスのシンプルなキッチンのあちこちから、いろんな趣味の道具が出てくる。

 どう差し引いて考えても、四谷暮らしをいちばん楽しんでいるのは、夫である。なにしろ、今は町内会の副会長を引き受け、おまけに町の消防団にも入っているのだから。さすがに「昔から地元に住んでいる人みたいじゃん」と皮肉ったものの、夫はひょうひょうとこう答えた。

「男は仕事を引退したらどうなる? 地元に友だちがいたら、仕事辞めた後も楽しいでしょ?」

 バーベキューだの箱根旅行だの、町内会の集まりはしょっちゅう。火事は年に1~2回あり、前回は朝3時に跳び起きて行ったとか。

 妻は夫と違って、ゆっくり少しずつ、都会の暮らしも悪くないなあという思いを重ねてきた。いよいよ、ここに腰を落ち着ける覚悟ができてきたのかと思えば、どうやらそれも違うらしい。

「もう1軒、家を建てたいんです。必要なものはあるけど、余分なものがない家。何もなくて、風通しがいい、そんな家ができたら素敵だなあって」

 家は3回建てないと満足できない、という俗説がある。次の場所は聞かなかったが、きっとこの街にちがいない。

つづきはこちら

東京の台所 取材協力者募集

このエントリーをはてなブックマークに追加
mixiチェック

PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。ライター。生活やライフスタイルををはじめ、人物ルポなども執筆。著書に『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)、『スピリッツ・オブ・ジャンク・スタイル』『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)ほか多数。共著に『母弁』(主婦と生活社)、『ジャンク・ウエア』(平凡社)など。 ホームぺージ「暮らしの柄」


&wの最新情報をチェック

Shopping