東京の台所

<68>幸せが宿る、2階の台所の小窓

  • 文・写真 大平一枝
  • 2014年6月11日

〈住人プロフィール〉
 会社員(女性)・47歳
 戸建て・2LDK・東横線 都立大学駅(目黒区)
 入居1年・築1年
 夫(会社員・50歳)とのふたり暮らし

 金融系の会社でウイークデーはフルタイムで働いているが、土曜日になると実家の別荘のある軽井沢に行き、夫婦でゴルフをする。都立大のマイホームは土地から買って、建築家に建ててもらった。夫の母は料理家である。

 こんなふうに書くと、田舎者の私などはため息が漏れてしまうのだが、本当に洗練された都会の人というのは、ひけらかさないものだ。彼女も、自分からはあまり話したがらない。根掘り葉掘りしつこく聞いていくうちに、少しずつわかった事実を私がつなぎ合わせただけである。

 土地だけで100カ所、キッチンメーカーは10軒も見て歩き、まる1年かかったというマイホームづくりは、夫婦喧嘩(げんか)の連続だった。

「夫も雑貨やインテリアが大好きで、デザインにはこだわるタイプ。わたしもそうで、フローリング材ひとつもなかなか決まらないのです。建築家に“打ち合わせの前にご夫婦の意見をまとめてきて下さい”と言われたほどです」

 夫はこういう性格だったのかと新しい発見や気づきも多かった。大変だったが、おかげでドアノブひとつ、窓枠ひとつにも思い出があり、ストーリーがある。

「ここは彼に譲るかわりに、あっちは私の意見を通してもらった」と、互いに感謝しあうこともできた。

 建売住宅はファミリー仕様の間取りで、子どもがいない彼女たちにとって満足のいくものがなかった。リビングをどーんと大きく、そのほかに部屋はふたつで十分。希望を叶えるため、注文住宅にした。地下に納戸を作ったことで、各部屋にしまう荷物が少なく広々と使えて便利なのだそうだ。

 間取りやインテリア以上にこだわったのは、意外にも台所の小さな窓である。台所は北側の2階で、道路に面している。その道路側に、家の象徴になるような細長い窓をしつらえた。

 料理しながら空を眺め、夫が帰ってくるのが上から見えたら、味噌汁に火を入れる。私が家を訪ねたときも、チャイムを鳴らすと、2階の窓から「はじめまして!」と迎え入れられた。

 仕事で疲れて帰ってきたとき、外から台所に灯りがともっているのがわかると、思わずホッと心が和むのだとか。「この家のシンボルです」と、彼女はほほえんだ。

 立地や広さ、モダンさなど自慢するところはもっと他にたくさんありそうなものだが、小さな窓に大きな幸せを感じている。そんな人だからこそ、別荘やゴルフの話が嫌みに聞こえないのだろう。リッチで優雅なカップルを勝手に想像していた私は恥ずかしくなった。日常の幸福は、もっと小さいなところに宿っているものだ。

 取材を終えて家を出ると、台所の小さな窓が笑っているように見えた。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。ライター。生活やライフスタイルををはじめ、人物ルポなども執筆。著書に『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)、『スピリッツ・オブ・ジャンク・スタイル』『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)ほか多数。共著に『母弁』(主婦と生活社)、『ジャンク・ウエア』(平凡社)など。 ホームぺージ「暮らしの柄」


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