東京の台所

<74>鳥、星、猫。そして夫と並ぶ青空テラス

  • 文・写真 大平一枝
  • 2014年7月23日

〈住人プロフィール〉
 会社員(女性)・50歳
 戸建て・2LDK+1LDK(2世帯住宅)・西武新宿線 沼袋駅(中野区)
 入居半年・築半年
 夫(プロダクトデザイナー・53歳)、実母(79歳)との3人暮らし

「あ~、雨で残念です!」と開口一番、その人は嘆いた。

 新居ができて半年。期せずして夫婦で一番のお気に入りの場所となったデッキテラスに案内できないのがことのほか悔しそうだ。

 それまで新宿に住んでいた。実家で1人住まいだった母親と同居するため、2世帯住宅に建て替えた。設計は建築家に依頼。半地下の3階建てで、リビングダイニングを3階の一番明るいところに設けた。

 彼女は、リビングの延長線上にデッキテラスをつくることを強く希望した。限られたスペースの中で、建築家はできうる限り広いデッキをあつらえてくれた。今は、予想外に、夫が妻以上にアウトドアリビングを楽しんでいるという。

「昼間はふたりとも働いているので、夜、風呂あがりに大好きなラムネを持ってデッキで涼んだり、マットを敷いてゴロンと横になって空を眺めたり。朝も起きたら1回は外に出ていますね。晴れの日はもちろん、曇りも、風の強い日も、雨以外は毎日。空が抜けていて、遠くに富士山も見える。休みは必ずここでご飯を食べるんですよ」

 もうひとつ、この家には大きな特徴がある。台所の横の壁一面の大きな窓だ。隣は道路をはさんで幼稚園があり、敷地に大きな木が茂っている。雨でも、キラキラ美しい緑が目に飛び込む。

「ここで生まれ育ちましたが、前の家はこちら側には窓がなかったのです。ジメジメ暗い家でした。ここを窓にと提案された時は驚きましたが、本当にそうしてよかった。電線の上をハクビシンがのそのそ通るんですよ。ご飯を食べながら、い、今の何って、2人で驚いちゃって。あ! あれはヌシ猫です。主みたいだから、勝手に名前つけちゃったの」

 そう言いながら、園庭を横切ろうとしているずんぐりとした猫を指さした。

 野鳥がたくさん来るので、野鳥図鑑を買い、見かけるとすぐ調べるようになった。ダイニングテーブルの上には、鳥を見るための双眼鏡が置いてある。プロダクトデザイナーの夫はシンプルモダンが好きで、あまり表にモノを出したがらないが、双眼鏡だけは別らしい。

「鳥、星、猫。この家に来てから、自然がすごく近くなりました。都会なんだけど、都会じゃないみたいな。建てるときには想像していなかった楽しみが毎日あります」

 夜、デッキテラスで一緒に夜空を眺めていると、不思議と重めの話もさらりとできる。「なんでだろう。音がないからかな。星が綺麗(きれい)だからかな。夫婦の会話はとても増えたと思います」

 家というのは単なる箱だ、と私は思ってきた。間取りや設備やこだわりより、そこ住む人同士がどれだけ心を寄せあって暮らしているか。笑いながら暮らしているか。家は何もしてくれないし、素敵な家に住めば素敵に暮らせるわけでもない。

 だが、「ああ、晴れたらデッキでお茶を飲んでいただこうと思ったのに!」と最後まで悔しがる彼女を見て、必ずしもそうとも限らないのかもしれないと思い始めている。窓1枚、デッキテラス一つでこんなに暮らしは変わるのだから。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。ライター。各紙誌でライフスタイルにまつわるコラム、人物ルポを執筆。著書に『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡 社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)、『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)、『昭和ことば辞典』(ポプラ社)『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)、ほか多数。共著に『母弁』(主婦と生活社)、『ジャンク・ウエア』(平凡社)など。 ホームぺージ「暮らしの柄」 ■使用レンズ:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM


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