東京の台所

<79>28歳、彼氏あり。器道楽のひとり暮らし

  • 文・写真 大平一枝
  • 2014年9月3日

〈住人プロフィール〉
 会社員(女性)・28歳
 賃貸コーポ・1K・都営地下鉄 三田線 西巣鴨駅(北区)
 入居2年・築2年
 

 大学を卒業後、新聞社に入社。千葉から通っていた。4年目に引っ越しを決意、不動産屋から今の部屋を紹介された。

「都電の駅に近い小さな坂道を登り切ったところにこのアパートがあったのです。道の脇にあじさいが咲いていて、その風景を見ただけで、ああここに住もうと決めちゃいました」

 住んでみると、向かいの家の50代くらいの夫婦が休日にバドミントンをしていたり、ひとりで歌いながら坂道を登る人がいたり、なかなかにぎやかで楽しい。夜勤の時は、出かけるのが遅いので、朝食後ぼ~っと2階の窓から坂道を見下ろす。

「この間なんて、私が落とした洗濯用のハンガーを、登校中の小学生の男の子たちが拾って持ってっちゃったんです。すぐチャンバラの道具にしていました」

 笑いながら彼女は語る。こののんびりした下町のような住環境をなにより気に入っているという。

 変則勤務のため、夕食を作る回数は少ない。人を招いて作るのも好きだが、時間帯が限られるため、特定の友人と恋人が来るときのみになる。

 得意料理はポテトサラダだ。和風ポテサラは、柚胡椒(こしょう)と味噌(みそ)を隠し味に、洋風はマスタードを入れる。彼が居酒屋でよくポテサラを注文しているのを見て、研究するようになった。具は、焼いたソーセージとゆで卵。じゃがいもが熱いうちに混ぜると味がなじむらしい。聞いているだけで生唾(なまつば)が出てくるようだ。 

 焼き物やガラスの器が好きで、都内のギャラリーにはよく立ち寄る。好きな作家の作品を1点か2点ずつ買い足す。

「同じ作家の作品でも、買った時期が違うと、持ち手のカーブやあしらいが微妙に変化していたりする。全く同じものがない、というところに惹(ひ)かれますね」

 器に目覚めるきっかけは叔母だった。

「私は5人兄弟の8人家族。一品ずつ盛るなんて上品な食卓ではありませんでした。大皿にどーんと盛りつける感じです。景品のお皿も使っていました。ところが器好きの叔母の家では、ひとりひとり、手焼きの器に料理を合わせて美しくコーディネートしていたのです。子ども心に素敵だな、器って楽しいなと憧れました」

 少しずつ集めた食器が、ところせましとキャビネットの上に並んでいる。大きな食器棚をあつらえるのは、2人暮らしを始めるときだろうか。

 恋人は、特製ポテサラを食べると必ず、「うん!おいしい!」と叫ぶらしい。「大げさだなあと思うのですが、毎回新鮮な感じで歓声を上げてくれるので、やっぱり嬉しいですね」と彼女。

 まだ始まったばかりの恋の行方も、食器棚がいつ新調されるかも誰にもわからない。でも、次もこの街でと彼女は決めている。

 目指す料理は、毎日無理なく作れるもの。特別な材料ではなく、醤油や味噌など身近なものを使ったほっとする和食で、いつ作っても安定した定番の味を身につけたいそうだ。

 根拠は何もないのだが、ポテサラも含め、そんなお袋の味のような料理を作りたい人が暮らすのに、この西巣鴨という街はなんだかとてもしっくりくる。28歳の、結婚もしていない彼女には失礼なのだけれど、いいお母さんになりそうだなあと心から思った。きっとこの勘はあたるはず。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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