太陽のまちから

福島原発事故を忘れた川内原発再稼働

  • 文 保坂展人
  • 2014年11月4日

写真:九州電力川内原発 九州電力川内原発

 原発再稼働に向けた動きが着々と進んでいます。九州電力の川内(せんだい)原子力発電所(鹿児島県)は、周囲を日本有数の火山に囲まれ、地震・津波のリスクに加え、火山による噴火のリスクが議論された初めてのケースです。ただし、再稼働の前提となる原子力規制委員会の審査では、噴火リスクは「小さい」と判断され、安全対策は新規制基準を満たしていると結論づけられました。(9月11日、朝日新聞

 規制委員会の出した結論とは、平たく言えば「長い年月を見通せば、いつかは巨大噴火が起きるかもしれないが、私たちが生きている間には大丈夫だろう」というもので、東京電力関係者が、太平洋岸を巨大津波が襲った過去の歴史から危険性が指摘されていた時に「まあ大丈夫だろう」と無視した態度と共通するものを感じます。

 9月末、御嶽山が突然、噴火しました。多くの登山者が煙にまかれ、降下してきた噴石によって身体を打たれるなどして、57人が亡くなり、いまなお6人が行方不明となっています。「噴火予知」がいかに難しいかをショッキングな事態によって示したのでした。

 私たちが衝撃を受けながら連想したのは、川内原発周辺の火山による噴火もやはり予想できないのではないか、ということでした。毎日新聞によれば、規制委員会の田中俊一委員長は10月1日の記者会見で「(御嶽山の)水蒸気噴火と(川内原発で想定される)巨大噴火では起こる現象が違う。一緒に議論するのは非科学的だ」と述べ、審査の妥当性を強調したといいます。(10月1日、毎日新聞

 このとき、田中委員長はこんな本音をもらしています。

「巨大噴火はここ30年、40年の間に起こるものではない。天災がいつ起きるか分からないので社会的活動をやめてください、という考え方では仕事はできない」

 1万年に1度の爆発はこの30年、40年で起きるはずがないから気にしないでいこうよ、とも聞こえます。これこそ科学的な発言とは思えません。 田中委員長によれば、御嶽山の噴火は水蒸気噴火で、川内原発で安全性を審査した巨大噴火とはそもそも違うといいます。巨大噴火なら前兆があり、予知できるのでしょうか。

 日本火山学会では、静岡大防災総合センターの小山真人教授が、原子力規制委員会の審査で焦点となった巨大噴火の予測について「現代火山学はほとんど知見を持っていない」などと話し、「規制委が監視を強化すれば前兆の把握は可能」とした判断は「楽観的すぎる」と指摘、噴火の数年前に予測することは不可能との見方を示しています。(11月2日、時事通信)

 さらに、原発事故の地元はどこなのか、という問題も置き去りにされています。福島で起きたことを直視すれば、原発立地自治体と県だけが当事者でないことは歴然としています。たとえば、30キロ圏内に位置する姶良市議会は、7月に「再稼働反対、川内原発廃炉へ」の決議を採択しています。

 にもかかわらず、国や九州電力は薩摩川内市と市議会、鹿児島県知事と県議会の4者のみの合意を取りつけて再稼働を進めようとしています。4者のうち、残る鹿児島県議会は11月5日からの臨時議会で「合意」する可能性が高い、と報道されています。

 その直前には、就任早々、自身の資金管理団体による不適切な支出が問題となった宮沢洋一・経産相が薩摩川内市の川内第1、第2原発を視察しています。会談した伊藤祐一郎・鹿児島県知事に対して原発再稼働の必要性を説き、万が一の事故の際には「国が責任をもって対応する」と明言するなど、再稼働に向けた環境づくりに余念がないようです。

 九州電力といえば、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度(FIT)の下で、予想以上に大規模な太陽光発電のポテンシャルが高まったことから、9月中旬に「買い取り中断」というニュースが話題になりました(九州電力は10月、「接続申し込みへの回答保留」を一部解除)。再生可能エネルギーが送電線に殺到すると、周波数が乱れ、停電を引き起こす恐れがあるためとされていますが、富士通総研の高橋洋さんは、その解決策として、「余剰電力を利用して水を高い場所にくみ上げ、電力需要が大きくなる時間帯に水を落下させて発電する揚水発電を活用すればいい」と提案しています。(10月31日、東京新聞

 再生可能エネルギーを底上げする工夫をせず、火山リスクも曖昧(あいまい)なまま、周辺自治体の反対の声も押し切って「原発再稼働」に突き進む姿は、「3.11」以前にこの国の「日常の風景」だったことを思い起こさせます。福島第1原発事故では汚染水遮断を始めとした課題が山積し、全般として収束が見通せなくなっている今、川内原発の再稼働に踏み切るべきではないと思います。

このエントリーをはてなブックマークに追加
mixiチェック

PROFILE

保坂展人(ほさか・のぶと)

1955年、宮城県仙台市生まれ。世田谷区長。高校進学時の内申書をめぐり、16年間の「内申書裁判」をたたかう。教育ジャーナリストを経て、1996年より2009年まで衆議院議員を3期11年(03~05年除く)務める。2011年4月より現職。『闘う区長』(集英社新書)ほか著書多数。


&wの最新情報をチェック

Shopping